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自然の摂理

ここまで書いてきたことを少し整理してみます
「幸か不幸か」を決めるのはその人自身

「豊かである」か決めるのは物の「所有」ではなく
その人自身が「感じる」かどうか

「感じる」ためには他人との「比較ではなく」
自身が生きている「実感」を持ち
ささいなことに「感動」できるかどうか

その根本には「当たり前に生きている」のではなく
自然の摂理の中で「生かされている」ということを
理解すること

それが理解できると「感謝」が生まれ
ささいなことに感動が生まれ
「生きている実感」を感じるようになる

それが「こころの豊かさ」に通じる

そうはいっても長い歴史のなかで
「刷り込まれてきた競争」
勝つことや出世願望、自分自分とアピールすることも
他人からエネルギーを奪う行動も
これは「0にはできない」のが現実

しかしながら「6割-8割」ならできるかもしれない
万物はほとんど「0-100で存在はしない」

不足した「エネルギーを補充する原点は自然の中」にある
自然の中のエネルギーは「波となって常に流れている」
エネルギーに同調できれば「楽」になるし、
逆らえば「苦」しくなる

ゆえに「自然に同調」できれば、エネルギーを増幅させ
満足できれば「豊かさを感じる」ことかできる

そのエネルギーをとらえるのは「五感だけでなく」
いろいろなところから
頭のなかに「波」として入ってくるような感覚が
「つかめる」ようになると面白くなってくる

そのためには「自然の摂理を理解」することが大事
「易学」はその一部を見せてくれる

「作為的」なことや「ずる賢く」やろうとすると
「ノイズ」が発生し「自然の摂理の波」から脱落する
我を捨て、無為に生きることができるかが大切

わかっているがそれがまた「もっとも難しい」
「老子」はその意味を教えてくれる

一つできなかったからと言って「諦めてはいけない」
100できなくても1でも2でも「積み上げる努力」があれば
状況は改善していく

ではまた。。。。。

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