時間を描く: 河原温と同時代の象徴の領域についてーPainting Time: On Kawara and His Contemporaries in the Realm of Symbols
筆者:蔵内 淡 (Dann Kurauchi)
所属: ロンドン芸術大学-セントラル・セント・マーチンズ-ファインアート-2D専攻-学部2年(BA Fine Art 2D pathway- year 2 at Central Saint Martins, University of the Arts London)
はじめにーIntroduction
(このテキストは学校の課題で書いたもの(英文)を翻訳し、私が修正、編集を加えたものですので、不自然な表現があるかもしれませんがご了承ください)。河原温の作品は、モノは単なる静的な存在ではなく、時間の中で構造化された物質的な関係の動的な集合であるという考えを深く体現している。この考え方は、セミナーや私自身のリサーチにおいて広く探求され、河原の実践に内在する深みと複雑さを明らかにしてきた。このエッセイでは、河原の日付画の様々な側面、特に日付の使い方と、彼の日付画の連続性から生み出される意味合いについて、既存の学問的知見に基づきながら探求し、彼の芸術制作へのアプローチに光を当てたい。比較の視点を提供するために、ジャスパー・ジョーンズ、エド・ルシェ、クリスチャン・ボルタンスキーといった他のアーティストの作品も検証する。ボルタンスキーの作品は、反復と連続性という点で、河原の方法論とは対照的であり、芸術における時間と記憶について、異なるが同様に説得力のある探求を提供している。
河原温、ジャスパー・ジョーンズ、エド・ルシェによる記号の使用ーUse of Symbols by On Kawara, Jasper Johns, and Ed Ruscha
まず、河原温というアーティストを簡単に紹介し、同時代の他のアーティスト、エドワード・ルシェやジャスパー・ジョーンズと比較することで、河原の日付の使用についての議論を展開したい。河原温(On Kawara)は1932年生まれの日本のコンセプチュアル・アーティストで、「Today」シリーズ(通称:日付絵画)で知られる。河原は、シンプルな2色のアクリル画を制作し、彼が生きた日々を、日付、言語、制作された場所のフォーマットで記録した。彼は1966年1月4日から2014年に亡くなるまでの間、112の異なる都市で約3,000点のこれらの絵画を制作し、その作品群は存在の凡庸さと時間の経過を考察する役割を果たした。ムンクやゴッホの絵画ようなパーソナルな表現とは異なり、河原が用いるモチーフー日付ーは、私たちの日常的な視覚言語の一部である。この普遍性により、これらのモチーフは見る人それぞれに共鳴し、しばしば個人的な記憶や経験を呼び起こす。このような日常的なシンボルを使用することで、これらのアーティストは個人的なものを超越し、代わりに人類が共有する経験に触れることを可能にしている。日付、言葉、国のシンボルは、単に目にするだけでなく、それぞれの文脈で誰もが経験するものであり、親近感を抱かせる。これらのモチーフのシンプルさと親しみやすさは、鑑賞者が自らの経験や解釈を投影するためのキャンバスとなり、作品との個人的なつながりを生み出す。このアプローチは、主題が個人的なものや 従来の「美的」なものを超えて、日常的で普遍的な要素を包含するという、モダンアートにおける重要な転換を反映しているといえる。19世紀以前にみられる絵画作品のように、主観的・個人的な内容表現とは一線を画し、代わりに鑑賞者の個人的な歴史が作品の意味の一部となるような経験を作り出すことに焦点を当てている。この作品と鑑賞者の個人的な文脈との相互作用は、アートの体験にダイナミックな側面を加え、より親密でパーソナルなものにしている。
1970年代、エドワード・ルシェ(Edward Ruscha)は、しばしば会話やラジオで耳にする、不可解なほどに文脈を離れた言葉をつなぎ合わせて、喚起的な文章を作り始めた。ルシェと河原温はともに、言葉や日付を従来の文脈から切り離し、テキストを作品に使用するユニークなアプローチを示しているが、その結果、彼らの作品には興味深い共通性が生まれている。言葉を切り離すルシェの手法は、伝統的な言葉の組み合わせから逸脱することを可能にし、テキストの解釈を鑑賞者に委ねる。この手法は、言葉が意味を伝えるという典型的な機能を超越し、視覚的興味の対象となる空間を作り出す。「誰かが花を描くように、私はたまたま言葉を描いただけだ("I just happened to paint words like someone else paints flowers")*」というルシェの言葉は、彼が言葉を、花やペットボトルなど他の視覚的要素と同じ次元に存在するモチーフとして捉えていることを示唆している。このような視点によって、言葉は意味の伝達者としての従来の役割を超えて見られるようになり、しばし美的価値を持つ視覚的シンボルへと変化する。同様に、河原の作品における日付の扱いは文脈から切り離されているといえるだろう。日付以外の情報を一切提示しないことで、彼は通常の連想から日付を外し、鑑賞者が自由に解釈できるようにしている。このアプローチは、日付という一般的で実用的な要素を芸術的探求の対象に変えるという点で、ルシェと類似している。さらに、両者ともテキストを手描きするという特殊な作業を行っている。通常の筆記や印刷の方法とは大きく異なるこの手法は、たとえそれが表層的には大きな差異がないとしても、彼らの作品に人間的な側面を加えている。河原がステンシルやシルクスクリーンの技法に頼らず、日付を手描きすることを選んだのは、ルシェと同様の芸術的決断と見ることができる。それは、書くという行為を単なる情報の記録プロセスから、意図的で芸術的なジェスチャーへと高めている。このように、エドワード・ルシェも河原温も、それぞれの実践において、アートにおける文字や数字の従来の役割に挑戦し、通常のコミュニケーション機能を超えて、個人的な解釈や鑑賞を誘う主題へと変容させている。
これらのアイデアを流用したもう一人のアメリカ人アーティストとして、ジャスパー・ジョーンズ(Jasper Johns)を挙げることができるだろう。アメリカの画家、彫刻家、製図家、版画家。戦後アメリカ美術発展の中心人物とされる彼は、抽象表現主義、ネオ・ダダ、ポップ・アート運動とさまざまな関わりを持ってきた。ルシェや河原のように、日常的なシンボルを用いて深い意味を探求した。ジョンズの最も有名なモチーフであるアメリカ国旗は、伝統的な表現からの逸脱で特に注目されている。彼は、国旗がしばしば「見られているようで見られておらず、調べもされていない('which are seen and not looked at, not examined')」ことを認識し、ありふれたシンボルがそのどこにでもあることでいかに見過ごされ得るかを強調した。この感情は、私たちがしばしば日常的なシンボルやテキストをよく精査せず、その固有の形、姿、線、色などを見落としてしまうという考えを反映している。「Flag」(1954-55年)に対するジョンズのアプローチは、社会政治的な解説を盛り込むことではなく、その形式的な様式構造を探求することだった。彼は国旗を、意味が込められたシンボルとしてではなく、観察され考察されるべき視覚的対象として捉えていた。これは、ルシェやカワラのテキストや数字の使用と一致する。見慣れたものが見慣れない方法で提示され、従来の意味を超えてこれらの要素を見るよう鑑賞者に挑んでいるのだ。ジョンズと河原のシンボル描写へのアプローチの顕著な違いは、彼らがシンボルを絵画化する際の別々の方法にある。Anne Rorimerはその違いを次のように指摘する。
実際、これとは対照的に、河原は職人のように丁寧に、均等に日付を描いている。このプロセスは、河原が文字や数字を視覚情報としての機能を失うことなく、ありのままに伝えようとしていることを示している。「ジョンズにとって、形式的なイメージとして使われる数字や文字が主に絵画的な役割を担っていたとすれば、河原にとってそれらは、与えられた日付の構造の中で、また描かれた表面の構造それ自体の中で、象徴的な機能を維持している(引用:上記を参照)」。この相違点は、ソシュール言語学でいうところのシーニュ、すなわちシニフィアンとシニフィエの関係と関連付けて説明ことができる。シニフィアンとは、語のもつ感覚的側面のことである。たとえば、バナナという言葉に関して言えば、「バナナ」という文字そのものや「バナナ」という音声のことを指す。シニフィエは、このシニフィアンによって意味されたり表されたりするバナナのイメージやバナナという概念ないし意味内容のことである。ジョーンズはシニフィエ、すなわちアメリカ合衆国という国よりも、アメリカの「国旗」という記号のシニフィアン部分をより強調させようとした。反対に河原の日付の描き方は、日付の持つシニフィエ的側面を保持させようとする意図が見える。さらに、これらのアーティスト-ジャスパー・ジョーンズ(1930年)、河原温(1932年)、エドワード・ルシェ(1937年)の生年は、彼らの芸術的発展に影響を与えた共通の時間的背景を示唆している。1930年代生まれの彼らの作品は、コンセプチュアル・アートカラーフィールド・ペインティング、ネオ・ダダ、抽象芸術など、当時の歴史的、文化的な出来事によって形作られ、多様な背景やスタイルにもかかわらず、同じような芸術的探求へと導いている。彼らの作品は、芸術がその時代背景から深い影響を受け、それぞれのアーティストがその時代のニュアンスに固有の方法で反応するという見解をまとめて裏付けている。ジョンズの作品、特にアメリカ国旗(星条旗)の作品群は、絵の具の下に新聞紙の層が見えるエンコースティックの技法を用いている。この手法は、アメリカ国旗というシンボルに歴史的で複雑な意味を付加し、単なる国章から多面的なアート作品へと昇華させる。河原温は同様に、日付が描かれたキャンバスを収納する箱を作り、そこにその日付の新聞紙を丁寧に貼り付けた。国旗を題材に選んだジョンズは、色や形を選んでアイデアを表現するというアーティストの主観的な役割を排除することで、鑑賞者に芸術において伝統的に評価されてきたものを再考させたといえる。
河原とボルタンスキーの死へのアプローチーKawara and Boltanski’s Approaches to Death
クリスチャン・リベルテ・ボルタンスキー(Christian Liberté Boltanski)は、フランスの彫刻家、写真家、画家、映像作家。ボルタンスキーは、瀬戸内海の豊島に常設された「Les Archives du Cœur(心臓音のアーカイブ)」(2010年)において、多くの人々の鼓動を聴くための空間を創り出した。この施設では、他人の心臓の音を聴くだけでなく、自分の心臓音を録音してアーカイブすることもできる。2022年1月10日現在、「心臓音のアーカイブ」には、14カ国19カ所から75,637件の録音が保存されている。日付も心音も、主観的な介入を排除したデータとして考えることができる。この点で、河原の「日付絵画」とボルタンスキーの「心臓音のアーカイブ」には共通点がある。文字であれ鼓動であれ、個々のバリエーションは存在するが、その主な機能はデータによるコミュニケーションである。心音を聞いただけでは、それが誰の心臓であるかはわからないし、その人がまだ生きているかどうかもわからない。鼓動は誰かのものであると同時に、誰のものでもない。データそのものは、何も重要なことを教えてはくれない。ある人の心拍と別の人の心拍を区別することはほとんどないので、亡くなった祖母の記録と他人の記録は見分けがつかない、ということもあるだろう。率直に言って、たとえデータが他人のものと入れ替わっていたとしても、私は気づかないだろう。ある意味、心臓音は主体によって観測されたとき初めて、そのデータは意味を持つと言うことも出来るだろう。同様に河原の扱う日付も、その日付を通して誰かが生きたが、また同時にその時間は特定の誰かのものでもない。そのような、漠然としたデータの中では、私達の個人的な歴史に基づく想像力がよく働く。暗闇の中で亡くなったあなたの知人や親戚の幽霊が自分にしか見えないように。このように、河原の「日付絵画」を見て、鑑賞者がその日の体験を思い起こすように、データである心臓の鼓動音を通して、個人的な記憶が呼び起こされる。日付や音そのものと、それが引き起こすかもしれない記憶との間には、本質的なつながりは必ずしも存在しない。日付と鼓動は、言語と同じように、本質的には記号化されたものを提示するだけだ。さらに、両作品とも、時間を通して織り成される連続性を伴う。最大の違いは、河原の作品は彼がこの世を去るとともに途絶えてしまうが、ボルタンスキーのアーカイブは彼の死後も成長を続けるという点にある。この違いは、河原の作品が観客にとって受動的であるのに対し、ボルタンスキーの作品は観客の広範な参加によって能動的に形作られることに由来する。
クリスチャン・ボルタンスキーの「Derniere seconde(最後の時)」(2014年)は、デジタルカウンターを媒体に、生まれてからの秒数を表示する作品だ。この作品は、彼の死によってカウントが停止することを意図している(実際に停止したかどうかは不明だが)。このように数字を用いるアプローチは、河原の作品群と強い類似性がある。ボルタンスキーの作品では、数字のデジタル表示は単に時を表しているに過ぎないが、アーティストの生きた時間をカウントしていると同時に、迫り寄る死を暗示する、という深い含意を帯びている。同様に、河原が日付絵画を続けることは、彼の存在--生と死--と本質的に結びついている。河原温の「日付絵画」とクリスチャン・ボルタンスキーの「Derniere seconde(最後の時)」は、時間の扱いという点で、コンセプチュアルなつながりを共有しているが、その実行においては異なっている。1968年から1979年まで、河原は1500枚以上の絵葉書を友人や関係者に送り、起床時間だけを記した(I Got Up)。また、1970年から2000年にかけては、「I am still alive(まだ生きている)」とだけ記した電報を900通以上送っている(I Am Still Alive)。しかし、河原がこのような作品を作らなかった日ももちろんたくさんあっただろうし、何しろ1966年1月以前に日付絵画は存在していない。これは河原が生まれた1932年から1966年までの期間や、日付絵画を描かなかった日々は、河原が死んでいたということを意味するのだろうか?もちろん、そうではないだろう。しかし一方で、公然にあまり姿を出さなかった河原の生存の有無は、ほとんど日々生産される彼の作品と、その発表を通してでしか知り得なかったのもまた事実である。彼の作品のこの側面は、存在の本質と、芸術の文脈における生と死の認識について、興味深い哲学的な問いを投げかけている。山辺怜による評論『河原温の量子重力的身体-あるいは時空の牢獄性と意識の壁抜けについて』は、この事実を量子力学との関連で論じている。評論の中で山辺は、河原温の仕事を分析するためにシュレーディンガーの思考実験を用いている。河原温が日付絵画を制作しなかった日、彼の存在は量子力学的な重ね合わせの状態にあり、生きていると同時に死んでいるようなものであったというのだ。この理論は、河原温の観測されない日の状態を量子力学における波動関数になぞらえ、芸術と物理学の興味深い交わりを提示している。
また、彼の別の作品群である「I Am Still Alive」や「I Got Up」に見られるように、彼が作品を作ることを選択し、それが作られるという点で、自分以外の人に対して彼の生存を間接的に立証している。彼はまた、描いていた日付絵画がその日の真夜中までに完成しなかった場合、作品を破棄したらしいが、これが実際に破棄されたかどうかはまた永遠の謎である。これは、彼がほとんど表舞台から姿を消したことによって可能になった、一種のゲームと見ることもできるだろう。ジェイソン・ファラゴ(Jason Farago)は2015年にグッゲンハイム美術館にて開催された河原の展示「Silence」のレビューの中で、ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』の一節を引用して以下のように述べている。
実際、この言葉は河原の作品にぴったり当てはまる。彼はその日のうちに日付を描き終え、その日付に自分の人生の証までをも詰め込む。そしてまた、来るかもわからない新しい日に新しい日付を刻む。彼にとって、その日、その時間がすべてなのだ。さらに ロジェ・カイヨワはその著書『遊びと人間(1958)』の中で次のように述べている。
ニコス・パパステルギアディス(Nikos Papastergiadis)は河原に関する評論「空間/時間:河原温における物質と運動 (Space/Time: Matter and Motion in On Kawara)」の中で、ゲームに関するカイヨワの社会学的・哲学的考察は、河原の芸術的方法論にも光を当てることができると述べている。カイヨワはまた、ゲームの苦悩、つまり参加者の永続的なもつれ合いが、どんな通過した結果よりも優先されるという感覚を強調した 。「ゲームが終われば、すべての人が同じ地点からやり直せるし、やり直さなければならない」('At the end of the game, all can and must start over again at the same point’(引用:上記を参照))。
結論ーConclusion
このエッセイでは、ジャスパー・ジョーンズ、エドワード・ルシェ、クリスチャン・ボルタンスキーを中心に河原温の作品を検討し、象徴や言語の使用、そして時間の中で構造化された物質的関係を探求する手段としての美術における連続性について、多様でありながら相互補完的な視点を提供した。ジョーンズとルシェの作品と河原温の作品を比較することで、彼らが生きた時代に表現された言語、数字、旗といった記号や図形をめぐる問題へのそれぞれのアプローチを明らかにし、ソシュール言語学(シニフィアンとシニフィエ)に関する議論も僅かではあるが展開した。ボルタンスキーと河原温の比較では、彼らの作品の連続性の中で生と死に焦点を当て、生と死に対するアプローチの違いを垣間見た。また、ゲームや量子力学に関連して、河原の身体の不在と作品の露出との関係についても論じた。これらの作家は共に、時間、個人化された記憶、シンボルやデータに対する人間の知覚を探求する現代アートの多面的な性質を浮き彫りにし、それぞれが革新的な方法で反復や連続性を用いることで、時間的なものや物質とアートの関係に対する私たちの理解に挑戦し、その理解を広げている。
(2001) in Man, play and games. Urbana, IL: University of Illinois Press, op. op. cit., pp.6–6.
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