デンマークのリカレント教育

機会があって、デンマークのリカレント教育についてまとめてみましたので、ご紹介したいと思います。文章がちょっと硬いのですが、デンマークならではのユニークな教育の機関についてなども書いていますので、ご興味がありましたら読んで下さったら嬉しいです。

文章が長いので、2回に分けてアップします。

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1.はじめに:デンマークにおける教育の前提として

 デンマーク人と話すとき、彼らが口を揃えてほぼ必ず言うのが、「デンマークは小さい国だから」というフレーズである。そして、こう付け加える。「デンマークには何もないから、人だけが資源。だから教育が大切なのだ。」
 デンマークは2つの島とドイツと国境を接するヨーロッパ大陸部の3つの主なエリアから成る。総面積は九州と同程度で 、高い山も大きな川もない、海に囲まれた平らな国であり、デンマーク各地はどこもかなり似通った自然的景観となっている。資源にも乏しいが故に、エネルギー源として、有名な風力発電が発展してきた 。人口は582万人、東京都の人口の半分ほどである。
 こうしたデンマークでは高福祉社会を維持するためにはマンパワーが大変重要であり、国民一人一人がそれぞれに異なる能力を出し合い、戦力としてデンマーク社会を支えることが目指されている。国内市場が小さいので、世界と競合するためには語学力も必須である。もちろん、どの国でも国民への教育は「その国を支える人材を育成する」ということは同様であるが、人口の分母が小さく、資源がなく、変化の少ない自然環境から、デンマークにおける「教育」とは「即戦力となる人材育成」であることが強調されている。こうした概念が国民にも広く行き渡っており、彼らには「知恵を絞って、国民を育成し、自分達の知識とアイディアでこの国のシステムを作り上げてきた」という自負がある。そのため、冒頭のような発言がしばしばデンマーク人から聞かれることになり、これがデンマークの教育の前提となっている。

●デンマークのリカレント教育のデータ●(2016年デンマーク統計局による)
25歳から64歳までの人口約295万人のうち、約半数が何らかのリカレント教育を受けているという、デンマークはまさにリカレント先進国である。
(内 訳)
・正規教育を受講中:約40万人(14%)  公認の試験があり、資格が取れるもの。主に専門学校や大学で提供されるもの。ソーシャルワーカーや数学、経済学、法学などの学士や修士を取得できるもの。ビジネスや貿易などの職業専門学校など。
  ・非正規教育を受講中:109万人(37%)公認の試験のないコースやセミナー。公的な能力証明とはならないが、学習すること自体を主な目的とするもの。
  ・何も教育を受けていない:146万人(49%)


2.デンマークの様々なリカレント教育

ではデンマークではどのようなリカレント教育があるだろうか。エフタスコーレなどデンマークのオリジナルな教育課程があり、厳密な意味ではリカレント教育とは趣が違うと言える。ただ、デンマークのリカレント教育と目的を等しくし、その土台となっている考えられる。そのため、この14歳から入学できるエフタスコーレから紹介していきたい。

① 中等教育レベルにおける「リカレント」教育 (日本の中学卒業後レベルに相当)
a. エフタスコーレ Efter Skole
エフタスコーレ(英語でアフタースクールの意)はデンマークのユニークな公立教育である。初等教育である義務教育(小・中学校教育に当たる9年制で「フォルケスコーレ」という)を修了後(14歳から16歳)、生徒は日本の高校レベルに相当する中等教育へと進む。エフタスコーレは中等教育レベルに進む前の14歳から18歳までの生徒が1年間在籍できる学校で、寄宿制となっている。生徒が学校選択の手がかりを得るために、多方面にわたる教育プログラムを経験することのできる場であり、また、高校在学中に休学して入学することも可能である。現在、約230校のエフタスコーレがあり、初等教育を修了した約半数近くの生徒が入学する。生徒は親元から解放され、子どもから大人への多感な時期を楽しく自由な生活を送ることができるため、入学を楽しみにしている子どもも少なくない。だが、規則は厳しく、ドラッグや暴力や盗みなどは退学として厳しく罰せられる。
エフタスコーレは、「様々な体験をしながら、自ら考え、選択していく」という場であり、その後の人生においても「自ら考え、選択」した結果として、必要な学びの場に戻るというデンマークの「リカレント」教育につながる最初の教育機関と位置づけられるだろう。

b. フォルケホイスコーレ Folkehøjskole
 フォルケホイスコーレ もまたデンマークの独自の、180年近い歴史を持つ教育機関である。「スコーレ」はデンマーク語で学校という意味であるものの、フォルケホイスコーレは何らかの資格の取れる正式な公立の教育機関ではなく、フリースクールという運営形態である。主に若者がいったん「本流」から離れ、自己啓発や自己発見の場、新領域を発見する場として、のびのびと興味のあることを学ぶ寄宿制のフリースクールである。入学資格は17歳半以上であることのみで(平均年齢は学校にもよるが24歳くらいである)、幅広い年齢層の人々を受け入れている。短期コース(1-7週間)と長期コース(8-40週間)に分かれており、家族で参加するコースやシニアのためのコースもある。全国に約70校あり、デザインや演劇、絵画、コーラス、歴史、語学、手芸、スポーツ、環境問題、国際問題など多岐にわたり、クラスが提供され、参加者はその中から週に20時間以上のクラスを選択しなくてはならない。中等教育修了レベルの若者が、日常生活から離れた新しい環境の中で、前向きに新分野にチャレンジしたり、自らの世界を広げるというポジティブな目的がある一方で、中等教育からドロップアウトした者や高等教育や就労において「休養」が必要だと思った若者が、いったん羽を休めて次への体勢を整える「救済の場」的な側面もある 。デンマーク人の参加者は10人に一人で余り多くないが、そのユニークな存在と意義が世界からの注目も集め、外国人もクラスの一定数まで参加可能となっている 。

c. 若者、生徒に対する「学習・進路アドバイザー制度」
初等教育修了後、または中等教育修了後の進路アドバイスを行うため、1975年に「学習・進路アドバイザー制度」が設けられた。当初は学校長がその役割を担っていたが、1993年、高校や職業学校をドロップアウトする生徒が約15%に及ぶという調査結果を受けて、制度の強化が図られ、2004年8月、アドバイザーは専門職に昇格し、制度は各校長の管轄から教育相の管轄に移行された。
 初等教育修了後の進路アドバイスは全国に46か所のセンターが配置され、配属されたアドバイザーが数校を担当する。また、中等教育修了後の高等教育(大学レベル)への進路アドバイスは全国7か所のガイダンスセンターが設置され、ここでは、25歳以下の初等教育のみ修了した若者の再教育の相談も受け、リカレント教育の一翼を担っている。生徒はこうしたプロフェッショナルなアドバイザーの助言や提示を受け、将来の職業につながる様々なアプローチの方法を知り、自らの進路を見極めていく。また、いったんドロップアウトした者を再び教育の場へといざない、再チャレンジするための足がかりとなっている。

次に、大学生、また社会人におけるリカレント教育について紹介したい。高校レベルの教育の修了後であり、通常「リカレント」教育という場合に相当するものであると考える。

②  高等教育レベルのリカレント教育 (日本の大学レベル以上に相当)
a. 大学入学前の「サバトオー (Sabbatår)」
デンマークの高校修了者のうち、大学に直接進学する者は半数以下である 。直接進学をしない者は「サバトオー」といって、入学前に半年から数年、いったん学業を離れる時間を持つ。高校での「勉強疲れ」を癒し、次なる大学のハードな学習への心の準備をするといった期間である。また、とりあえず高校を修了してから、ゆっくり将来のことを考えたい者も多く、一時的なアルバイトなどで収入と自由を得ながら、「新米の大人」としての社会勉強をするのである。この間、海外への留学や旅行、趣味などの他、アルバイトやインターンなどの就労経験、ボランティア活動、フォルケホイスコーレへの参加など幅広い活動を行う。大学の入学は、高校で受ける大学入学資格試験(Studentereksamen)の成績順に入学許可が下りるが、その試験のスコアにサバトオーの経験を点数化して加点することも可能である。学生には様々な経験を積む、自由で楽しい期間だが、政府としてはその分納税期間の短縮となってしまうため、2009年度からは高校卒業2年以内に進学する者には、成績を1.08倍で換算するという早期入学の誘導も行われている 。

b. 大学及び高等専門学校におけるリカレント教育
 強調しておきたいのが、デンマークにおける教育機関とは、労働市場に直結する、納税する労働者の育成の場である。そのため、大学の各学部の募集人数は各産業部門に必要な労働人口から毎年割り出される。また、デンマークでは何かの職業に就く場合、必ずその職業に就くための資格が必要となっているため、学生は自らの学びを労働価値として成就しなくてはならないとする自覚を持っている。
 大学在籍者のデータ を見てみよう。統計局のデータによると、2019年のコペンハーゲン大学入学者の平均年齢は21.4歳、大学院への入学者平均年齢は24.6歳である。この年は8人の就労学生も大学院に入学しており、彼らの平均年齢は32.3歳となっている。
一方、同年のデータで、25歳で高等教育修了者は26,362人に対して、教育が継続中の者は25歳で15,813人となり、6:4の割合である。継続中の者は26歳で10,439人、27歳で7,737人となだらかに減少していくが、30歳で3,546人、35歳で1323人、40歳で700人、45歳で383人となっており、これはリカレント教育として大学に戻ってくる人が40代になってもいることを示している。
 筆者の知人にも仕事を持ち、3人の子育てをしながら30代の始めにMBAを取った者がいるが、仕事の後大学に通い、3年程かかって資格を取ったという。別の者は理学療法士の資格を、同じく子どもを育てながら高等専門学校に通って取得し、高齢者施設で働いていた。彼らのように、キャリアアップのために高等教育機関に戻ることはごく一般的である。一方、著しい社会的・技術的変化の中で、職業によっては、定期的に専門知識をブラッシュアップさせる必要が出てくる。例えば、デンマーク唯一の司書養成機関であるデンマーク王立情報学アカデミー(Det Informationsvidenskabelige Akademi)では図書館情報学の修士号まで取得できるが、既に働いている図書館司書が研修プログラムに一定期間通い、再び最新の知識を得て、図書館サービスに従事するような継続的教育部門も設置され、機能している 。こうしたリカレント教育を大学は早くから意識し、対応している。

③ その他のリカレント教育
a. 生涯学習施設
 リカレント教育を担う施設として、大学などの正規の教育の他に、生涯学習施設もまた大きな役割を果たしている。こちらは既に社会人となった者が、もう一度学び直しをしたり、新たな分野での専門知識を習得するなどといった、主に夜間に開催される。以下のような全国組織がある。
・FOF:1942年市民の自己啓発のために設立された地方自治体ベースの団体。自己成長と社会成長を目的に、約80のコムーネ(市)で市民教育講座を開催している。夜間講座が中心で、テーマは学術的な内容から趣味や体力作りまで幅広く設定されている 。
・AOF:1924年に市民の文化的啓発のために設立された団体。デンマーク全土で夜間学習を中心とした教養講座を開催。娯楽、健康、生活などと共に、キャリアアップ、職業支援に特化した講座という特色がある 。

b. 図書館
 リカレント教育の拠点としてのデンマークの図書館が果たす役割も大きく、その役割は既に100年の歴史がある。すべてのコムーネに設置が義務付けられた図書館はたいてい町の中心部にあり、デンマーク人の図書館の利用率は高い。カフェが併設されている図書館も多く、本を借りるだけではなく、子ども達は宿題をし、大人達も調べものをしたり、頻繁に立ち寄る人が多い。そうした市民の拠り所、無料で誰でも利用できるプラットフォームといった側面を持つ図書館では、多様なプログラムや講座が無料で開催されている (一部有料のものもある)。講演会や展示会、読書会、学習会、コンサートや映画上映会などが企画され、手芸や生活講座、ベビーマッサージなどの図書とは関係のないものも多い 。市民が地元で、より気軽に参加できるということが、図書館におけるリカレント教育の魅力である。

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次に、こうしたデンマークのリカレント教育の背景にあるものとまとめをアップしたいと思います。

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