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『パーフェクト・ノーマル・ファミリー A Perfect Normal Family』

(監督・脚本:マルー・ライマン/ キャスト:カヤ・トフト・ローホルト、ミケル・ボー・フルスゴー、リーモア・ランテ、ニール・ランホルト、ジェシカ・ディネジ/原題:En Helt Almindelig Familie/2020年/デンマーク)

1990年代終わりのデンマーク。13歳と11歳の姉妹カロリーネとエマは、夕食の席で突然、親の離婚を告げられる。理由は、父親トマスが「女性」になるため、というものであった。サッカー好きの勝気な少女エマには、何のことやら、まさに晴天の霹靂。物語はそこから始まり、娘であるエマの目から見た、家族の物語である。
こういうこともあるのだと理解し、どちらにせよ親であることは変わりないと割り切り、受け入れていく姉カロリーネとは違い、エマには難しかった。離婚だけでも辛いのに、父親が女性になる事実を到底受け入れられないし、周りの子ども達の好奇の眼差しも加わる。そうしたエマの胸のうちの葛藤を中心に、描かれていく。

トランスジェンダーの映画ではあるが、この作品は、そこに焦点を当てているわけではなく、あくまで家族の物語である。デンマークでLGBT+Qが、当時からすでに社会の一部としてある程度承認されていたし、2020年に製作されたこの映画において、殊更に強調されていないところに、現在のデンマークのLGBT+Qへの「視座」を感じた。トマスからアウネーテへという、男性から女性へという内面の葛藤や肉体的な大変さはこの映画では描かれておらず、家族に起きた「ある変化」をどうそれぞれが乗り越えていくのか、というところに主題が置かれている。

映画を見る人達は主人公エマに感情移入して観ていくことになると思うが、同時に、この家族それぞれ一人ずつの気持ちも「わかるなぁ」と思ってしまう。いったん人生をめちゃくちゃにされた妻のヘレにも同情するし、ティーンエイジャーのカロリーネ(彼女は私のデンマークの典型的ティーンエイジャーのイメージ)は割と短期間で「我が家の多様性」を受け入れていく姿も、たくましい。
一方、当事者のアウネーテはと言えば、トマスからアウネーテになったばかりの頃は、化粧もどぎつく、ピンクのブラウスを着て、自分自身にワクワクしている。子ども達とビーチに行けば、いくらデンマークでは珍しいことではないとはいえ、エマの目の前で、嬉しそうにトップレスで海に飛び込む。エマがあれほど頑張り、トマス/アウネーテ自身もそのエマをずっと応援しているサッカーを、その場の雰囲気に同調するため、“つまらない男のスポーツ”として小馬鹿にして、エマの気持ちをひどく傷つける。アウネーテはエマの気持ちに配慮できず、あちこちでエマを傷つけ続ける。彼女のそういう人間らしい欠点が、この映画を現実味のあるものにしているように思う。終盤になるにつれ、徐々に化粧もナチュラルになり、シックな女性となったアウネーテに、ほっとした。

映画の中、心に残るシーンの一つとして、カロリーネの14歳のコンファメション(堅信式:デンマークでは盛大に祝い、これ以降は大人になるとされる)のシーンは、大変美しい。コンファメションのお決まりの白いドレスに身を包んだカロリーネに、アウネーテの伴奏でお祝いの替え歌を、心を込めて歌うエマ。この新たな家族の光景を、優しい笑顔で見守るヘレ。義理の父がアウネーテの名前を間違えて「トマス」と呼ぶと、すかさず彼女は訂正するが、そこでまた、義父が何も感情を持たず、ああ、そうだった、すまん、というように受け入れているところが、他者を受け入れ、寛容を重んじるデンマーク人らしいなと感じた。

この映画を、少し歴史的な背景からみてみる。デンマークでは世界に先駆け、1989年にパートナー登録制度の開始により、「同性同士の事実婚」が可能となった。しかし、正式な「法的な婚姻」関係は、2012年までは、同性同士の場合は不可能だった。また、同時に、2012年に婚姻後の性別の変更があっても、婚姻関係の継続が認められるようになっている。
トマスが手術を経て、アウネーテという新しい名前の女性になったのは、1990年代の終わり。そのため、トマスがアウネーテになった以上、妻のヘレとの婚姻関係は解消されなくてはならなかった。トマスは、恐らく、かなりの間、結婚生活の継続と自分の「好きなように生きる」こととの板挟みで悩んだことだろう。冒頭のシーンで、トマスの表情から、それは伺える。そして、最終的には、女性として生きていく道を選んだ。

いつもデンマーク映画は、俳優が素晴らしいと驚くのだが、この映画も、一人ずつ、すべての俳優たちがリアルで自然である。
若干13歳で、映画初出演で主役を射止めたエマ役のカヤ・トフト・ローホルト(Kaya Toft Loholtは、この役で、最年少でデンマークのボディル賞の主演女優賞を受賞している。確か、ベテラン女優のトリーネ・デュアホルムを差し置いての受賞であった。なぜ、こんなに演技が自然でうまいのか、不思議である。
アウネーテ役のミケル・ボー・フルスゴー(Mikkel Boe Følsgaard)。私が一番初めにこの俳優を観たのは『ロイヤル・アフェア』でのクリスチャン7世王の役で、次が『ヒトラーの忘れもの』で、少し癖のある役が似合う俳優だと思った。最近では、ネットフリックスの『ザ・レイン』のメインキャストのマーティン役を務めており、これでかなり有名になったのでは、と思う。『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』と『ザ・レイン』はかなり近い時期に撮影されていたものと思われるが、トマス/アウネーテとマーティンが、とても同一人物によって演じられているとは信じられないほど、両者はかけ離れている。フルスゴーはそれまでのどこか冷淡だったり、尊大だったりする役のイメージから一転、今回の役柄はごく「普通」の人であり、新しい。だが、ネットフリックスでのインタビューなどを見る限り、非常に気さくな、むしろ今回のトマス役に近いような人物、と見受けられた。タイプとしては、マッツ・ミケルセンに近い印象で、『ロイヤル・アフェア』で彼らは共演している。
なんとなく印象に残る、エマのサッカーチームのコーチ、ナヤの役を演じているジェシカ・ディネジも、同じく『ザ・レイン』のリーの役の人だ、と思ったら、なんだか可笑しくなってしまった。デンマークの俳優は、本当に演技力が素晴らしい。

さて、最後にいくつか。
なかなか印象的なアウネーテの衣装。デンマーク人は人によってはカラフルな服を着るが、それにしても女性になった喜びを、あれこれお洒落をして表すアウネーテである。あまりセンスがよいとは言えないが、可愛い。一方、サッカー少女であるエマの日常着は、デンマークの国民的スポーツ・ブランドである、ヒュメル(hummel)である。特徴的な模様の入ったヒュメルは、愛すべきデンマークのブランドで、これを見るだけで、私は気分が上がってしまう。
それから、パーティーのシーンで出てくる、リンボーダンスが気になった。デンマーク人はときどきちょっと素朴なのだが、リンボーダンスなんて本当にするの?と、疑問に思った。「リンボーダンスって、この映画の舞台となった1990年代のものなの?」と若い年代のデンマーク人に尋ねると、「私が子供のときも、よくやったわ」ということなので、今でも国民的「余興」というものらしい。
そして、最後に、タイトルについて。デンマーク語の原題は「全く普通の家族」という意味で、この映画のおそらく一番言いたかったことを、まさに親切に言い表してくれていると思う。それは、みんな普通、ということ。英語題と日本語題の、『ア・パーフェクト・ノーマル・ファミリー』だと、完全か、不完全かという定義が含まれてしまう。私としては違和感があり、せっかくの原題なのに、ちょっと残念だった。


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