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『ホトトギスって何?食えんの?』(上)出題編


①その男の名は芝マン

奇抜な作品であるHiGH&LOWに登場する男たちの奇抜さの話をしても仕方がないのだが、そんな中でもひときわ奇抜なキャラクターがいる。
あまり出番は多くないのだが、筆者は彼の奇抜さは群を抜いたものと確信している。
彼の名は芝マン。
名前からして、奇抜な風格がある。
所属は鬼邪高校。ドラマ版シーズン2のEPISODE7で初登場する。彼はあやしげな横文字を駆使して喋り、インターネッツに長け、相方の辻とテレパシーが出来、そしてホトトギスを知らない。

芝マンのセリフはこんな調子だ。
喧嘩のカタがつけば「タスク終わったけどフレキシブルにネクストいっとく?」、喧嘩相手が留守にしていた時は「(喧嘩は)リスケだ」。そしてそれら奇抜な言葉はインターネッツで仕入れているのだという。
筆者が知っているインターネットとはずいぶん違うので驚くのだが(筆者がインターネットで仕入れる言葉は「テラワロス」とか「もまいら」とか「女女巨大感情」とかである)血気盛んな不良高校生がインターネットで学ぶ語彙としてもかなり変わっていることは間違いない。

しかし彼の最も印象的なセリフはそれら一連の奇妙な言葉遣いではない。それ以上に印象的なシーンがあるのだ。

ドラマ版シーズン2のEPISODE8(5:18)。
芝マンとその相棒・辻は、転校生・轟洋介が敵を引きずり出すための策の比喩として『鳴かぬなら、鳴かせてみせよう…』と不気味に呟くのを聞く。
辻は「…ホトトギス?」と自信なげに後を続けるが…芝マンは違う。

「ところでホトトギスって何?食えんの?」

と率直な疑問を口にするのであった。

ホトトギスを知らないのである。

印象的である。
これは「無知」の表現としてもかなり変わった表現ではないか?
例えばこれが「アジェンダって何?食えんの?」とか「フレキシブルって何?食えんの?」なら、さほどおかしくはない。というか、一つ定型のボケ方であろうという気がする。ところが芝マンの場合は逆なのだ。「フレキシブル」「タスク」「リスケ」は完全に意味を理解しているのに「ホトトギス」を知らないのである。
どうやって生きてきたらそうなるのか…?
視聴者の方としてみれば「芝マンって何?食えんの?」というような気持ちにさせられる不思議なインパクトを残すシーンである。
筆者はこのシーンを「謎の意識高い系ビジネス用語を駆使して喋る芝マンがホトトギスを知らないギャップによる変人感」「その浮世離れした感じ」「芝マンの桁外れの無知さ・馬鹿さ」のようなものを表現するセリフだととらえて呑み込んでいた。
しかし、本稿ではあえて呑み込まず、「シーンの意味付け」のような解釈を一切取り払い、この言葉を一旦額面通りに受け止めてほしい。

ホトトギスは食べられるのだろうか?

食べられるような気がするが……?
こうして改めて考えれば「芝マンって変わってるな…」と感じていたセリフであるにも関わらず、筆者もまた芝マンと同じ場所に立っていることに気が付くのである。
筆者は「タスク」や「フレキシブル」については理解していたが「ホトトギスって何?食えんの?」という問いに対する答えは持っていなかったのである。


②インターネッツはホトトギス地獄

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この轟はホトトギスを多分食べている。


事の発端は、筆者が掛川花鳥園に出かけたときのことであった。
筆者はいつもように、行楽地に赴いてまで『HiGH&LOW THE GAME』に興じていた。
画面に目を向けると、上記の轟一派がアジトで雑談をしている様子が目に入った。 今日もアジトは大賑わい!である。

『これは………もしかしてホトトギスを食べたことがある轟洋介でしょうか?
あるいは、食べたとふかして2人に一目置かれようとしている轟洋介かもしれませんよね(笑)』
このあたたかな思いをそのままツイートしようとしていたところ、丸く、したがって愛くるしいイワシャコという鳥が目に入った。

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先も言ったようにここは掛川花鳥園である。
ツイートは後回しにし、この愛くるしさに応じてイワシャコに餌をやろうと考え、スタッフの方から小松菜を購入した。
その際、先ほどまでのツイートに思いを残してた筆者は突然に(ここにいる人は鳥の専門家なのだな)という簡単な連想から「そういえば、ホトトギスって食べられるんですか?」とスタッフの女性に聞いたのだった。いったい何がどう「そういえば」なのだ…?というあまりにも迷惑な問いかけであるのだが…。

今にして思えば、これが事の発端である。

はたして、答えは「ここにはあたたかい地域の鳥などしかいないので、ホトトギスのことはちょっとわからないですね!」だった。
最もである。

しかし同時に、なんとなく腑に落ちない気持ちがあったのは事実であった。

「ホトトギスって~!!!いや、食べられるにきまってますよ~(笑)」みたいな常識的な知識ではなく、やはりこれは「詳しい人しか知らないこと」のようだ。その事実が筆者をたじろがせたのである。
筆者は漠然と「多分食べられますけど、おいしくないと思いますよ、あと違法です」という答えを想定していた。
だいたい鳥なんてものは焼いて塩だか味噌だかで味付けすればまあ食べられるだろう、くらいに考えていた筆者は、その時にやっと「食べられない鳥」が存在する可能性に思い至ったのだ。
焼いても食べられない鳥もいる…。毒があるとか? いや、ホトトギスに毒はないか…毛虫を食べるんだっけ…?
「後でググればすぐわかると思うのだが…(ググってわからないことはこの世にほとんどない…)…」そう思いながらも、筆者は不安を感じはじめていた。

芝マンの「ホトトギスって何?食えんの?」の前半パート、「ホトトギスって何?」の方はWikipediaを引用し即レスできる。
筆者「 ホトトギスは鳥だよ。ホトトギス(杜鵑、学名:Cuculus poliocephalus)は、カッコウ目・カッコウ科に分類される鳥類の一種。特徴的な鳴き声とウグイスなどに托卵する習性で知られているよ。」と応えれば良い。

だが食べられるのか…?

掛川花鳥園から帰宅するや否や、いくつかの言葉を検索し終え、筆者の予感は確信に変わった。
ホトトギスなど野鳥は鳥獣保護法で狩ることや食べることを禁じられているので情報はほとんどない。それは予想していたのだが、しかし困難はそれだけではなかった。

ホトトギス沼の諸兄姉には常識であろう。インターネットの一角には、これまで目にしたこともない「ホトトギス地獄」といっていい状況が待ち受けていたのである。

ホトトギスという言葉、まず表記方法何通りもある。
ホトトギス、時鳥、不如帰、杜宇、杜鵑、子規……その上「ホトトギス」という植物が存在し(こっちは食べられる!)、「ホトトギス 食べる」「ホトトギス 食べられる」「ホトトギス 調理法」「ホトトギス レシピ」などの言葉では容易に情報にたどり着かない。
思いつく限りの言葉で検索するも(ホトトギス 食べちゃった!)(違法 ホトトギス食事会)(ホトトギス 食べた 阿佐ヶ谷ロフト)(脱法 美味 ホトトギス)(時鳥 調理法)(ホトトギス焼き)(ホトトギス 焼き鳥)(ホトトギス 食べる 轟一派)(時鳥 おいしい)なかなか望む情報は得られない。
情報が多すぎるのである。
膨大な数の短歌や俳句、物語、伝承、小説『不如帰』、雑誌『ホトトギス』、正岡子規、ラーメン屋不如帰(ミシュラン一つ星!)………例えば調理法から情報を調べてみようと思い「ホトトギス鍋」と入れたときには「戦国鍋TV ホトトギス鍋ライブ」という番組に偶然巡り合ってしまい、思わぬ形で鬼邪高校を感じたりもした。信じられない困難の連続である。
また、「珍しい野鳥を食べた」といった野鳥全般を扱う記事も一応確認するのだが、だいたいは「なんとハトを食べちゃいました~!!!」のような珍しくもなんともない内容がほとんどであり、ハトくらい食べるでしょう、という気にさせられる。もちろん元記事は何一つ悪くはない。
使う表記によって出てくる情報は異なるのだが、ほしい情報にたどり着かないという点では常に同じである。
例えばホトトギスを「杜鵑」に変換した上で「食べる」関係の言葉とあわせて検索すると、清少納言の「杜鵑の鳴き声より蕨の煮物w」的なエピソードが出てくる。そして、ホトトギスを「時鳥」に変換して「食べる」などと一緒に検索すると「目には青葉 山時鳥 初鰹」一色である。この文章は本当に多い。
無数に情報が出てくるにもかかわらず、どの情報も「ホトトギスを食べた」(または食べられなかった)という情報ではないのだ。

これはもしかしてインターネッツ大好きな芝マンからの挑戦状か?

我々に「調べられるものなら調べてみろよ」とつきつけた言葉が「ホトトギスって何?食えんの?」なのか? そこに勝手な企みを感じ、筆者が焦燥したその頃……拍子抜けするほどはっきりとした「正解」があらわれた。
検索ワードは「ホトトギス 食用」であり、見つけたのは「鳥便り」さんの「料理」ページであった。
(しかも「食用」は別の説明にかかる文言であり、まさに偶然見つけたというのに等しい)

http://akaitori.tobiiro.jp/ryouri.html
ホトトギス
痔の薬
生臭みがあって食べられない。

まさしく求めていた正解である。

芝マン「ホトトギスって何?食えんの?」
筆者「生臭くて食べられないぜ、痔の薬にはなるけどな!」と答えることはできるところまでようやくたどり着けたのである。
ついにゴールにたどり着いたのだ…。
感動も一入である……。


しかし…

上記サイトは見るからに信頼性の高そうな鳥情報サイトではあるが、個人サイト1件のみの情報での回答には一抹の不安をおぼえるのがインターネッツである。校閲なきこの世界では、筆者が今ここに「ホトトギスは生臭くなどない!食べられます」と書けばそれで1件の情報になってしまうのだ。
逆に「痔の薬 ホトトギス」といった言葉で検索しても類似する情報の類は検索にひっかからない。サイトを管理するakaitoriさんに質問もさせていただいたのだが、残念ながら出典は覚えていないとのことご連絡であった。
この内容を暫定的な回答とすることは勿論なのだが、いくら何でももう少し裏取りが必要であろう。誰かにこの答えがあっているのかどうか査読してほしい。
しかし誰かとは? 
筆者にはホトトギスに詳しい知人などいない。


この場合の「誰か」とは図書館以外ありえなかったのである。

③図書館、インターネット、そして…。

筆者は一人図書館に向かったが、折悪くコロナの影響で閉館。不穏な気持ちだけを胸に日々を過ごすこととなった。
最寄りの図書館は6月には再開にし、再びホトトギス問題に取り組むものの図書館はインターネット以上に検索力が試される。難題である。

まずは最寄りの図書館に収蔵されている限りの
・野鳥図鑑
・百科事典
などを調べたが、食べられるかどうかについては一切記載はない。
無論、様々な知識を得ることはできる。
「芝マン、ホトトギスってのは口の中が赤いから血を吐いているように見え、病気をイメージさせる不吉な鳥なんだぜ」と伝えることはできる。「その一方で田植えの時期を告げる吉兆として愛されてきたんだ!」とも伝えられる。「トイレでホトトギスの鳴き声を聞いたら必ず犬の真似をするんだぜ!」と中国での言い伝えまで説明できる。だが肝心「食えんの?」の答えを与えることはできない。

アプローチを変えるしかない。

鳥の図鑑は鳥を飼育したり愛でたりする人々が見るものであり、食べたい人向けではない。
「食料」としてではなく「生き物」としてみているのだから当然である。
体の不調を解消するために人体に関する図鑑を読んでいた場合「人間は食べられます。耳はコリコリしていておいしいです♪」などと書いてあったら驚いてしまうではないか。野鳥図鑑も同じである。「食べられるか」を知りたいというこの目的でこれら鳥の本にあたるのはお門違いである。
逆に食べ物辞典・食材辞典・食材の歴史のほうに目を向けてみよう。
しかし図書館にはこれに類する本は2冊、『フランス 食の辞典』(白水社)『オールフォト食材図鑑』(荒川信彦 ・唯是康彦/公益社団法人全国調理師養成施設協会)しかなく、ホトトギスに関する記載はなかった。

帰宅してインターネットで食材の歴史を調べはじめてよう。
すると、先ほどまでよりはなかなか良い。
歴史をさかのぼれば、日本人はさまざまな野鳥を食べていたという記録に行き当たる。
まず「全国やきとり連絡協議会」のやきとりの歴史が並大抵ではない。
https://www.zenyaren.jp/yakitori/encyclopedia/history
古代~現代において日本で食べられてきた主だった鳥を出典付きで網羅しているという充実ぶりだ。縄文時代に食べられてきた鳥についてまで知れるのだが、ホトトギスについては記載はない。
逆説的に、ホトトギスは(食べられるてしても)食用の野鳥として主流ではなかったことわかる。
また、料理本で検索すると日本で数多くの野鳥を食べてきた事例がそこかしこで検索される。有名どころでいうと江戸時代のレシピ本『料理物語』だ。
これには「鳥の部」という鳥レシピパートがあり、鶴・白鳥・雁・鴨・雉子・山鳥・鸞・鳧・鷺・五位・鶉・雲雀・鳩・鴫・水鶏・桃花鳥・雀の17種類の野鳥と、鶏のレシピが記載されている。ホトトギス料理のレシピへの需要は少なくともTOP18種には入っていなかったわけだから、食べられていたとしてもかなりレアであろう。
「やきとりの歴史」と合わせて、ホトトギスはおそらく「食べられていなかった(食べられていたとしても稀なことであった)」と言えそうである。

しかしホトトギスに関する直接的な言及を見つけられない以上、このような消極的な回答はすぐに覆ってしまう。

例えば「江戸食べ物誌」(著:興津要)によれば、江戸時代にはホトトギスを食べるやつもいたようである。
要約すれば「ホトトギスが鳴いてるよ~!」と言ったところ「え?マジ?焼き鳥にしよ!」と答えるヤツ、風流もなにもあったもんじゃないね!みたいな話が『富来話有智』(安永三年)から引用され紹介されている。
でもこれは普通じゃないヤツの話なのかもしれない。
普通は食べなかったが、変わり者が稀に食べることはあったのか?
だがそんなことはどんなものに関してもいえることである。今だって例えばどこかの変わり者が自室でカーテンやプラスチックのおもちゃ、ベニヤ板なんかを食べているかもしれない……。
もはやこうなってくるとお手上げである。
「江戸時代は食べなかったっぽいけど、稀に食べる人もいたよ。多分生臭くておいしくないんじゃない…よく知らないが…」これでは芝マンは頷きはしないだろう。「アカウンタビリティが欠如してるぜ!」と不満を述べるかもしれない。
しかし、実際インターネットと図書館の往復で調べることが出来ないのであれば、筆者にはもう打つ手はない。
前述の情報でフィニッシュとするか…? もちろん「生臭くて食べられないぜ、痔の薬にはなるが」は立派な回答である。
その回答を書物で裏付けられなければ、筆者には鳥に詳しい知人などいるはずもないので(そもそも知人自体、あまりいない)裏取りの方法はない…しかし…鳥の専門家………

「日本野鳥の会」とかいうのがありはしなかっただろうか…?

これは天啓である。
筆者は即座に日本野鳥の会さんのお問い合わせフォームに「ホトトギスが食べられるかどうか記されている本を売っていますか?」という主旨のメールを送った。
それに対して親切かつ迅速なお返事を頂戴したが、心当たりはないとのことであった。

ここにきて事態はさらに深刻化する。

野鳥の専門家さえ知らないことを芝マンは聞いてきたのである。

芝マン「ホトトギスって何、食えんの?」
日本野鳥の会さん「わかりません」

である…。


事態はいよいよ複雑な様相を呈してきた。
発された問いはきわめて高度な問いだったのだ。
ホトトギスが「何」かは簡単である。
だが「食えんの?」とつけば……。それはもはや誰にもわからない。日本野鳥の会さんにさえもわからないのだ。

だから筆者にわからないのは当然である、として諦めるのは簡単である。だが、 本当にもう調べる手立てはないのか? 掛川花鳥園のスタッフさん、「鳥便り」管理人さん、日本野鳥の会さんに聞いてそれで終わりなのか? 芝マンのために自分できることがあるのではないか?

筆者の人生で真剣に考えるべき時があるとしたら、それは今である。

<続く>


追記と出典
(1)芝マンの名前は奇妙か?…先行して登場していた「芝」という女性キャラクターの弟であることが由来。容姿も姉そっくり、芝の男(マン)版ということで「芝マン」というわかりやすい理由で、わかってみれば奇抜な名前ではない。芝マン演じる龍さんが芝演じる楓さんに似ていることから楓マンとあだ名されたことが元ネタ。
(2)芝マンの設定について…ドラマ版収録時は2035年から来た男という設定だったらしいので「フレキシブルやタスクは知っていてもホトトギスを知らない」は「未来人らしさ」を示しているセリフなのかもしれない。未来にはホトトギスはいない…?「THE WORST」時点ではこの設定はなくなっている様子。(出典:日経エンタテイメント2019年11月号138P)
(3)食べられない鳥…一応調べてみると、毒のある鳥は1990年に発見され以降多数みつかっている。代表はピフトーイ。筋肉や羽毛に強力な神経毒が含まれる。
参考Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E6%AF%92%E3%82%92%E3%82%82%E3%81%A4%E9%B3%A5%E9%A1%9E
(4)着手当初筆者が図書館で調べた図鑑類…『日本大百科全集21』(小学館)/『ブリタニカ国際大百科事典17』(ホトトギスの項目なし)/『世界百科事典26』(平凡社)/『新装版 世界大博物図鑑(鳥類)』(荒俣宏/平凡社)/『オーデュボンソサイエティ 動物百科』(旺文社)/『原色日本鳥類図鑑』(小林 桂/保育社)/『決定版 生物大図鑑 鳥類』(世界文化社)これらすべてにホトトギスが食べられるかどうかの記載はない。