色が生まれた
「ほら、いつものあの子がまた来たよ」
とみんながささやく
あどけない顔をした、栗色の髪の12歳くらいの女の子?
「いや、あの子はきっと10歳くらいだよ」
と僕の手前にいるエメラルドグリーンは言う
僕たちはParis6区にある画材店のショーウィンドウに飾られている絵の具
何かの習い事の行き帰りの道なのだろうか
あの子は決まって日曜日の午後、同じ時間にひとりで来る
日曜日は休みだから、彼女は店に入れない
ショーウィンドウの外から、何かを呟いたり、突然瞳を輝かせて笑ったり、時にはため息をついたり
そうやってじっと僕らを見つめる
僕たちはすまし顔でショーウィンドウの中、自分たちの色を見てもらうんだ
この店の主人は、パリでも指折りの色の達人
見たこともない色や、言葉では簡単に言い表せない色をたくさん作っている人
実は僕は両隣りに並んでいる色と僕との違いがよく分からない
でも、お客さんたちは、僕と僕の隣りの色をいつも見較べて、手に取って時間をかけてどちらかを選ぶ
一度だけ主人が話しているのを聞いたことがある
色にはいくつかの材料があって、愛や喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、その他にもたくさんの感情が詰まっている
その配分を変えて様々な色を作るんだ、と
「あぁ、もう帰るね、あの子」
僕の後ろのマゼンタがつぶやく
そう、彼女はいつも立ち去る前に
祈るような表情をしばらく見せる
その日も、いつもの顔になったから
みんなで揃って彼女を見た
その時、いつもと違うことが起こった
彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた
初めは頬をひと筋だけ伝ったけれど、やがてそれは止まらなくなった
陽が落ちて風も強くなってきた
街も人も、彼女の方を見向きもしない
「悲しいの?」
「寂しいの?」
「切ないの?」
「悔しいの?」
僕は自分が絵の具であることを忘れて外に出て、彼女のもとに駆け寄った
そうしたら、僕の色と彼女の涙が混ざり合って
あの日、この街に新しい色が生まれたんだよ
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