見出し画像

音楽業界の視点から考えるBTSの凄さ①

自己紹介

ツイッターアカウントがここ数週間圧倒的にBTSまみれになっておりますが、一応フリーランスで音楽関係の仕事をしているものです。レーベルのコンサルティングやインディペンデントアーティストのPR、マネジメント、クリエイティブのディレクション、ネゴシエーション等、一括りにしたら「エージェント」をしております。それ以外にもメディアへの音楽やZ世代、米国カルチャーに関する寄稿や音楽配信アプリAWAでの公式キュレーター、インディペンデントアーティストの支援団体SustAimでチャリティプロジェクトなどもしてます。

日本の音楽業界と関わるようになったのは2018年ごろからとまだ歴が浅いですが、BTS沼にはまった「音楽業界の人」の視点から感じるBTSの凄さを日記のように書いていこうと思っております。(一個の記事に書こうと思ったら永遠に止まらないので...)

BTSにハマったきっかけ

BTSのビルボード一位返り咲き、本当に圧巻です。音楽業界の人なら誰もが羨む偉業である上に、それを計画的に、かつファンとチームの共同作業で成し遂げたということが非常に尊い。

改めて記すと、BTSに沼にハマったきっかけは大まかに分けて5つ

1) ファンとの信頼関係と「共に学び合う姿勢」

2) 社会に対する責任感とチャリティ活動を通した社会貢献

3) パフォーマンス力を含む「魅せ方」のレベルの高さ

4) 「仲がいい」だけでは表せない奇跡的なメンバー間のダイナミクス

5) シンプルに曲の良さと人間としての良さ

いずれそれぞれについて深掘りしていきたいのですが、今日は先ほど放送されたJimmie FallonのThe Tonight Showのパフォーマンスに圧倒されたため、その勢いのまま書きます。

The Tonight Showでのパフォーマンス

欧米の価値基準ではずっと「負け組の弱者」だったアジア人男性が軍服などのマスキュリンなものではなく、しなやかさや優雅さを際立たせるヒラヒラとした韓服と西洋の貴族を連想させるブレザーを合わせるスタイリングで「自分を愛する」ことを韓国語で歌っていることの衝撃よ...

音楽業界に与えた衝撃

「じわじわとBTSが世界的に人気になってきていることは分かってはいたけれど、なんかコロナ中に大ヒットしている」という印象を多くの音楽業界の人は持っていると思います。そして実際にARMYにならない限り、彼らがなぜ「人気」なのかはなかなか理解できないというのが個人的な実感です。なぜなら彼らは「売れてる」「ヒットしている」という言葉で表すのは不適切なくらい、「愛されている」から。そしてこの「愛されている」ことが、音楽業界で行われ続けた「ギミック」や「ハック」などの小手先でリスナーを煽り続ける非常に非持続可能的なやり方をはるかに超越し、「アーティストというものの新しいあり方」を提示してくれているのです。

ストリーミング時代になってからCDは売れなくなり、大スターもライブやツアーがメインの稼ぎどころになってきた中で、コロナの大打撃によって業界全体が希望を失った。生配信ライブでもシステムのトラブルはほぼ必ず起きるし、質素なセットでの弾き語りや無観客でのライブ配信は魅力があるにしても、臨場感や高揚感はやはり「生」のライブには敵わない。しかし、ここで功を成したのが韓国のコロナ対策とBTSの普段からのファンの行動力と動員力の高さ。世界中のエンタメ業界がほとんど停止している中、BTSは新曲のMVを撮影したり、振り付けの練習を公開したり、アメリカの番組に超ド派手なセットと演出によるパフォーマンス映像を提供し、しかも毎回セットを変え、世界中がそのクオリティの高さに度肝を抜かれた。

コロナ中に成功できたBTS

インタビュー映像でもいつも通り仲睦まじくくっついたりいじり合ったりしている様子は、何もいつも通りじゃない生活に疲弊した心を癒してくれる。日本だけでなくアメリカやイギリスでも音楽関係者が職を失わざるを得ない状況の中で、今までのクオリティと変わらないものを提供できる韓国のエンタメ業界全体のレジリエンスと応用力の高さには頭が上がらない。

アメリカのテレビでは今でも出演者たちは自宅からテレビ電話で中継を繋ぐというカジュアルな状況が続いているし、無観客のライブや授賞式の演出もかなり地味目。映画館には行けないし、配信で映画を見ても「大勢の人と一緒に見て楽しむ」という実感は得にくい。しかしBTSが豪華なパフォーマンスを全米のテレビで行うというニュース出しの段階で世界中のARMYが一致団結して喜び、ハッシュタグをトレンド入りさせ、当日になればワクワク感や「好き」という感情を何百万人とのファンと同時に共有できる。このコロナでもパフォーマンスと”音楽を届ける作業”のクオリティの高さを落とさないプロフェッショナリズムこそが、BTSをコロナ中に米国で大きく目立たせるきっかけの一つであることは間違いない。

ここで、BTSのメンバーたちからは一旦話をずらします。

BTSに「対抗」する日本の業界

先日、嵐が新曲を発表し、ブルーノマーズが制作に関わったり、どうやらBTSを強く意識しているらしいが古参ファンからは評判が良くなかったということが話題になった。これはあくまでも氷山の一角の例でしかないが、BTSの成功の話が出るたびに「一方で日本の音楽業界は」とか「対抗するにはどうしたら」とか「アジア人が進出できるなら日本にもチャンスが」とかいう話が出てくるので、これからも言及していく必要がある話題だと思う。

過去にこのようなツイートをしたことがあります。

日本に限らず、BTSの「成功」は様々なアングルから分析され、語られている。しかし日本での議論が極めて平面的である場合が多いのと、「米国でアジア人アーティストが受け入れられるという意味」や「BTSを応援したくなるファン心理」についてなかなか理解できていない業界人が多いというのは非常に強く感じます。そのためにももっと知ろうと思って色々調べ始めたらこんな感じにハマっちゃったんですけどね、、、笑

BTSの「成功」を語るにおいて

Z世代についてよく書いていますが、BTSが支持される原因の一つとして「Z世代的価値観」の存在は大きいと思います。こちらも改めていつか書きますが、「作られたエンタメ」の限界をはるかに超える、一人の人間としてリスペクトできるロールモデルであること、メンタルヘルスやチャリティなどに対する姿勢からわかるメンバーだけでなく制作陣の「社会的意識の高さ」が突出していること、そしてグローバルな規模で「変化を良いこととして捉える」ことが例として挙げられる。今挙げた3つの要素だけでも、日本のエンタメ業界に著しく欠けている価値観やスキルであるということは明確なのではないでしょうか。

業界を支える人を育てる

さらに、先日プロデューサーのAGOさんがツイートしていましたが、

「裏方を育てる」ということをせずに、「新たな才能狩り」をし続けることは逆に業界全体の持続可能性を阻むことになりかねません。BTSの魅力はメンバーたちが真空に存在しているだけでは成立せず、本人たちのチャーミングさや才能に加えて元の顔の魅力が引きたつヘアメイク、スタイルの良さや個性が発揮される衣装スタイリング、知れば知るほど深さがあって総合的に、知的に楽しめる楽曲を作るプロデューサー、オートチューンに頼らずにユニークな声を鍛えるボーカルコーチ、「半端なくダンスが揃っている」ように見えるために計算が尽くされた振り付けを作るダンスコーチ、ライブでもテレビでも映画館でもケータイでも映えるステージを作る照明、大道具、舞台装置、SOOPやBT21を始めとした数え切れないほどの追加コンテンツを考えて実行できる企業間のネットワークやコンテンツ制作能力、国別に的確なPRをするための綿密なプランニングができるブレインのチーム、魅力的なコンセプトを作り、BTSの世界観とメンバーの意向を落とし込んで伝えられるディレクション、そしてモチベーションと向上心を保ち続けられるマネジメント...一つでもパーツが崩れたら「BTSの良さ」は成立しません。大人のちょっとしたコネと過去の成功と、若い子の才能とSNS上での人気だけでは決して成り立つものではありません。

ここでは割愛しますが、日本の音楽業界の「伸び悩み」については頻繁に言及しています。しかしここで通ずる問題は音楽にまつわる業界に限ったことではなく、「グローバル戦略」「海外に進出」「クールジャパン」などといった軽薄で非本質的な言葉たちに国全体として依存し、トップダウンもボトムアップも成長がないまま西洋の二番煎じや過度な島国らしさを磨き続けた結果が現在の漠然とした焦燥感である。もちろん、コロナになってから真っ先に社会から切り捨てられたのが文化・芸能の分野であったことも忘れてはならない。ただでさえ若手の育成や才能・スキルのある人材を適切に活用できていないということが常々問題視されているのに、不景気やコロナ打撃によってますます有望な人材が生まれないか、海外に流出するかは安易に予測できる。それに対してどのようなアクションを起こすべきかは無数の選択肢があるとは思うが、「BTSの戦略を真似しよう」と安易に楽観的に崇拝したり、逆に「BTSはチートだ」と切り捨ててはならない。

これは自戒を込めてでもあるが、彼らがグループとして愛され、彼らと会社が作るものが作品として大切に扱われ、人々にとって「音楽による精神的な救い」になり得ているという現実を見て、一体何のために音楽やエンターテイメントに携わっているのか、またはなぜ自分は音楽が好きでアーティストを応援したいのか、そしてその先にはどのような「社会」を作りたいのかまで、BTSをセンセーションとして一過的に消費するのではなく、考えて向き合っていけたらと思う。






記事を読んでくださりありがとうございます!いただけたサポートは、記事を書く際に参考しているNew York TimesやLA Times等の十数社のサブスクリプション費用にあてます。