不都合を避けた結果が原因を作り出す

気にするなって言われて、「はい、そうですか」と実践できれば
そんなに悩むこともないだろうし、相談もしないだろう
気にしない方がいいことはわかっているし、理解も納得もできている。
ただただ、それをするためには邪魔になるものが多過ぎて、全く目的の場所に辿り着けそうにないということです。
例えば、喫茶店などで隣の席の人たちの会話が気になって仕方がない。全く落ち着けない。というのがあります。(私にとっては結構深刻なんですが、)気にならない人にとっては、何のこと?って感じでBGMの如く、右から左へと流れているのか、そもそも耳にも入っていないのか、、、。どちらにせよ、自分の寛ぎ空間を確保できているということに変わりはなくて。一方で、私の場合は、たとえ本を読んでいようが、何かを食べていようが、誰かと話をしていようが、隣の人の会話であったり行動などがすごく情報として入ってきてしまう。まるでスクランブル交差点の真ん中に立って、行き交う人々の流れの中に身を置いて、なすがままになって右往左往している、そんな状況。
だから結局のところ、外でくつろぐことができるお店は限られるし、カフェや喫茶店に行ったところで落ち着けず、さっとコーヒーを飲んで帰ってきてしまう。となれば、家でコーヒーを淹れて飲むのと差して大差ないので、だんだん足が遠のくということになる。家にいる時間が長くなり、誰とも会話することもなく、1日を過ごす。ただただ家事をこなす、家の住人にも関わらず、さながら家事代行サービスの人のよう。

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