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【超短編小説】うちの愛梨を探してください

 夏祭りの夜、運営のテントに場違いなマダムが飛び込んできた。


「うちの愛梨、来てませんか?」

 現在運営にいる迷子は男の子だけ。そう知るや、マダムは取り乱し始めた。

 あまりに切羽詰まった様子だったので、まずはパイプ椅子に座らせてお茶を飲ませた。なんとか落ち着かせようとしたが、マダムはずっと泣きわめいている。要領を得ない会話から、ようやく次のことを聞き出した。

 愛梨は三歳の女の子で、ママ(マダムのこと。やけに高齢出産だと思ったが、昨今のご時世を考えると妥当だと思えた)がSNS用の写真を取っている隙にいなくなったのだとか。
 愛梨はピンクでレースの付いた浴衣を着ており、お花の耳飾りを付けている。ニコッとした顔が可愛いとのことだった。

「どうかうちの子を、愛梨を探してください!」

 年齢と外見の特徴が聞き出せたので、運営スタッフはすぐさま町内放送を流した。だがそれらしい知らせは何もなかった。
 もう少し大きかったら愛梨ちゃんが自ら保護を願い出ることもできるだろうが、三歳だとそれも難しいだろう。

 待っていると、一人の女性が来た。保護中の男の子の母親だ。彼らの対面を見て、マダムはさらにうるさく泣いた。

「どうしてうちの子が見つからないの? 早く探してきて!」

 運営は運営でやるべき仕事が多いが、もはやそれどころではない。あまりにもマダムが騒がしいので、みんななだめるだけで一苦労だった。

 そんな時、マルチーズを抱いた老人がやってきた。
「ちょろちょろして危なかったんで、連れてきただ」
 その犬を見た瞬間、マダムが恐ろしい顔で犬を奪い取った。

「愛梨! 心配かけて悪い子ね!」

 確かに連れて来られた犬は、申告通りの服と耳飾りを付けていた。


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団 卑弥呼
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