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河童とお煎餅/私小説⑦-1熱中症/ストレスジャンププール

「はあーあ…」

大きな溜息を吐いた…

怖れていたことが、職場で起きた…

2019年以前から、熱中症の危険と隣り合わせの、仕事だったのに、、、

あの人は、意識を取り戻せるのだろうか…

従業員さんや、お客さんが居ない時間は、夏でも冬でも、空調が効かない場所で、清掃をする現場がある

昨年から、魔酢苦の着用が強要されて、仕事の生産性も下がるし、息苦しさや暑さは、生死に関わる問題だ

管理者や客先の面子を立てる場では仕方ないけど、誰もいない場所でも、頑なに魔酢苦をする仲間がいた…

職場には、生い立ちや家族関係など、こちらが聞いてもいないのに、自慢混じりで語る人もいるけどね

どこまでが、正確な事実かは分からない

一方で、信頼できる人以外には、あまり自分を語らず、必要なこと以外を話さないのが、あたし

あの人は寡黙な人で、人の悪口や陰口を言う訳でもないし、仕事は真面目で協力してくれて、申し分のない人だった…

以前は、お互いの表情が見えたから、異変や異常にすぐに気付いたり、声を掛け合うこともできたけど、、、

前にね、休憩時間に、あの人の顔色が真っ赤で、多量の汗をかいている様子を、見兼ねて…

「熱中症で倒れるから、魔酢苦を、外せる場面では、外した方がいいよ。

あたしは、管理者や責任者にチクる、ダサい真似は決してしないから、安心してね。」

と言っても、首を横に降り、耳を貸さなかった…

寡黙な人故に、真意が分からなかった…

私自身、数年前に、猛暑の野外仕事で、初めて熱中症を経験して、怖ろしさを知った…

水分を摂っても、体温が下がらず、気分が悪くなり続ける…

人は案外、死と隣り合わせだと、この時に知った

救急車を頼る前に、コンビニに駆け込んで、氷を買って、頭や首や脇を冷やしたら、ようやく体温が下がり、ほっとした…

自力で解決したことで、胸の内に収めたけど、、、

当時は、派遣だったし、労災や休業保障は、どうだったのかな…

清掃は、基本的に時間内に終わらせ、一定の仕上げをしないと、やり直しを命じられる

これが、精神的に堪える…

一生懸命、真面目に仕事をしたのに、不十分だと突き付けられ、否定や責められているように、感じてしまうからだ…

指摘通りの時も有れば、ただの言いがかりや、基準が厳し過ぎる時も有る

管理者や客先次第で、現場の良し悪しも変わってくる

どこの現場でも、常に、業務時間に限りがあるのは変わらない

今日は、あの人と現場が一緒な日だった 

魔酢苦の息苦しさと暑さに、腹を立てて仕事をしていたが、ふと、妙に静かだなと、違和感を感じた

別室で、あの人が清掃しているはずが…

胸騒ぎがして、あの人の元へ急ぐと、、、

モップが床に転がり、魔酢苦をしたまま倒れていた…

ばか!

だから言ったのに!

魔酢苦をひっぺがして、名前を呼んでも、身体を揺すっても反応がない…

ヤバい、重度の熱中症だ…

救急車を呼ぶには、まず管理者に、報告をしないといけない…

携帯の登録番号を探すが、なかなか出てこなくて、苛立つ

通話ボタンを押して、救急車の手配を頼んだが、、、

現場確認をしないとと、四の五の言い始めた…

緊急時に、何を言ってるんだ、馬鹿が!

「救急車を呼ぶのが、先!」

と黙らせた

上への報告は、口裏を合わせればいい

休憩室に飛んで行き、冷蔵庫や冷凍庫から、身体を冷やせそうな物を、かき集めた

あの人の所に駆け戻り、頭、首、脇と、とにかく体温が下がる様に処置をした

だが、意識は戻らない…

マズイな…

と、そこへ管理者が現れて、青ざめた顔をしている…

「救急車は、呼びましたが…」

「だから、いつも言ったんですよ!

熱中症で倒れる人が出るから、魔酢苦は危ないって!

なのに、鼻魔酢苦はダメ、アゴ魔酢苦はダメと、見張ってる馬鹿共の声ばかり聞いて!」

「…上にも言ったんだけど、ダメなんだよ、、、

TVや新聞が、報道することしか、目も耳も傾けてくれなくて…」

日頃、朝礼や現場で、小姑の様に注意されて、我慢していたことが口から溢れ出た

薄々、上層部がダメだとは感じていたけど、やっぱりか…

なんか、いろんな感情が一気に込み上げて、涙が流れてきた…

遠くの方から、救急車の音が聞こえて、現実に戻れた

「搬入口に、行ってきます…」

と管理者が告げると、声が出なくて、ただ頷いた

その後は、管理者が救急車に同乗して、病院まで付き添ったが、意識は戻らないと…

会社への報告と、身内の方へ連絡を取っている最中だと

あたしが出来ることは、現場の残った仕事を片付けることだ

気持ちは、グチャグチャで仕事なんてしたくないけど、、、

あたしが、やるしかない…

お客さんには、終了時間が遅れたことを詫びて、心身共に疲れ果てて、駅のベンチに座っている

「はあーあ…」

再び、大きなため息を吐いた

もう、クタクタで動きたくない…

今日は、買ってもいいかなと、自販機のバナナ売り場に行く

無農薬で、化学肥料も使わない、バナナは高価だけど、たまに買っているんだよね

小銭を入れて、ボタンを押すと、張り紙の文字が目に入ってきた

"廃業のお知らせ"

えっ?!

と驚くと、小銭入れから、お金が溢れ落ちた

ホーム下へと、勢いよく転がる硬貨を追い掛けようとしたら、スマホが落ちていた!

この駅で、スマホ落とす人が多いなあと、いつも思っていたけど、またなの!?

避けようとした弾みで、身体が前のめりになり、ホーム下に飛び込んでしまった

やっば…

と、咄嗟に目を閉じ、緊張で身体が強張る、、、

ざぶ〜んと水音がして、意識が遠退いていく…

~~~~~~~~~~

気が付くと、フカフカした柔らかい感触と、お花のいい香がする…

う〜ん、と目を開けると、そこには、ゆるキャラぽい河童がいた!

えっ!?

なにここ!?

どこなの!?

「よかった。やっと目が覚めたんだね。人間の時間だと、3日は眠ってたよ。」

えっ!?

ゆるキャラぽい河童が、喋ってんだけど…

「あなたは、だれ?ここは、どこなの?」

「おいらは、河童だよ。ここは、おいら達、妖怪の世界だよ。」

妖怪?!

それにしては、可愛いすぎないか?

「ねえ、やっぱり、きゅうりが好物なの?」

「う〜ん、一応ね。おいらは、生で食べるより、お味噌やお醤油を付けて食べるのが好き。

ほんとうは、お煎餅の方が好きだけど…」

と、口ごもる

視界に見た記憶のある、袋を見つけた!

「あっ!それ、健康印のお煎餅じゃん🍘

化学調味料や砂糖を使わず、本物のお煎餅と、誉れ高い✳️

あたしも、好きなんだよそれ😊

素材や製法の伝統を守っているから高価で、たまにしか買えないんだけどね。」

あれ、おいらの胸が、なんか熱いな

なんでだろう?

おいらは、元は人間だったらしけど、元の性別も、記憶も無いはず…

なのに、このお煎餅だけは、好きで、人間の世界でバイトをして貯めて、買っている

今回、迷い込んだ人間には、正直、困っている…

予兆もなしに、おいら達の世界に来た、人間を聞いたことがない

お煎餅を食べていて幸せだなと思ったら、突然、この人間が、おいらのフカフカ雲布団に、落ちてきた…

ネコさんや、魔酢苦さんに、相談に行こうにも、家から何故か出られない…

今、結構マズイんだよな…

人間と関わりすぎない、干渉しすぎないのが、鉄則なんだけど…

おいらは、この人間のことを、共感したり、共鳴してしまっている…

「ねえ、あたし、ここやあなたが好きで、気に入ったの。

しばらく、ここに置いて貰えない?

もう、人間のいる世界で生きるのに、疲れ切ってしまったの…」


ええ!?


聞いたこともない申し出に、目や心臓が、飛び出るかと思った…

ただ最後の一言に、おいら達の世界に引っ張られた理由が、伺い知れた…

表面上は、明るく気丈に振る舞っている様に見えるけど、、、

心の内や奥底では、一人苦しみや悲しみを、抱え込んでいる人間なのか?

「まあ、お煎餅を食べて、落ちていてよ。

お茶も出すからさ🍵

ここに来る前に、なにかあったか、聞かせてもらっても大丈夫?」

すると、顔に影が差して、俯いてしまった…

こういう時は、ゆっくり待とう…

お煎餅を食べたり、お茶を飲みながら…

人間の世界では、電車やバスが数分でも遅れたり、信号がすぐに変わらないと、苛立ち・焦り・怒るそうだけど、、、

妖怪の、おいらは幸せだなと思う…


「…ねえ、話したら、ここに置いて貰える?」


ちょっと眠くなってきたなと思ったら、気持ちが決まったみたいだ

「う〜ん、話しを聞いてからかな。約束は、できないよ。」

また俯いて、考えている…

「わかった… 話すわ…」

続く
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お読み頂いて、ありがとうございます。

書こうと思っていた話しを、ようやく形にすることが出来ました。

創作の背景には、日常で辛いことや苦しいことがあるほど、比例して想像力が働くという…

題材は、あるのですが、この先の展開は未知です。

今日は、気候が穏やかになり過ごしやすいですね。

今日も、いい日でありますように

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