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遠くからみてた




 いつもあなたのことを見ていた。


頭が良くて運動が出来て顔もよくて、授業中はいつも真剣に先生の話をきいて、真剣に板書をしている。
いつも、茶色に染まったあなたのふわふわの髪だけが、こっちを見ていた。

席替えのとき、みんな嫌がる一番前の席を、あなたはいつも自ら選んでいた。



 通学はいつも自転車で、片道30分ほど。
交通の便がやや悪いので、自転車で通うのが一番早い。
 いつも絡む二人の友達がいるけれど、ところどころ「仲間はずれ」が目立っていた。

 中学生のときに、自分がいわゆる『天然』という類の人間なんだと気付いてからは、それを演じるようになった。
彼女は見た目も悪くないことを自覚しているため、近寄ってくる人は男女構わず少なくはなかった。

 でもここでは違かった。
高校入学当初は色んな人が彼女に話しかけてきた。
色んなことを質問してきた。

それでわかってしまう、彼女の人間としてのつまらなさが。

 『あの子かわいいけど、普通だね』
 『かわいいからつるんどこ』

普通の人生を送ってきて、普通の感性で生きてきた彼女なのだから、そりゃ普通で仕方がない。

 彼女の友達二人は、飾りで彼女をグループに入れている。
関わり始めた頃は三人で遊んでいたが、最近は帰ろうと誘うと二人とも用事があるからといって断られることが多くなったので、気になった彼女は色んなSNSで彼女らを探してみた。見るだけにしか使っていないインスタで、二人が放課後におしゃれなカフェやカラオケに行っているのを見つけたときには、血の気が引いたものだ。
 そんな翌日はなんともない顔で彼女と普通に関わるので、自分の顔が引きつっていないかがいつも気になっていた。


 私が『天然』の子だと思っているから、私がなーんにも気づいてないと思っている。この子たちはバカなのかもしれないなぁ。

そこそこ偏差値の高い高校でも、こういう輩は湧くんだな。と、だんだんと彼女の中で黒いものが生まれてきていた。


 ある日帰ろうとすると、タイヤがパンクしていた。
とうとうここまで来たか、と思った。
どう見ても自然でこうなったわけではなく、誰かがわざとやったものだ。
まだ決めつけるのはいけないけど、今日の友達たちの態度を見てたら、彼女たちなんだろうなと思ってしまう。


 1時間くらい頭の中がぐるぐるぐるぐると、色んなことを考えていたけど、急に思考が止まって

もう、いいかな。と、自転車を置いて徒歩で帰ろうとしたところに。


「どうした?」

ふと、あの人の声が聞こえた。幻聴かと思った。

「…あ」

顔を上げると、やっぱりあの人がいて
その汗は電灯に照らされて光っていた。

そうかもう、部活も終わる時間帯か。


「…なんか、パンクしちゃってて」

ヘラヘラと笑いながらそう言うと
あなたは真面目な顔で
「…これ、お前の友達だろ。器物損壊罪じゃん、警察」
と言いながら携帯を取り出すので、咄嗟に
「いやいやいやいや、まだ人がやったかはわからないので!」
と阻止した。

「でもどう見てもこれは、人の手だろ」

「…わかってる、わかってる
でもどうしてあなたが、あの子たちがやったってわかるの?」

「二人はチャリ通じゃないだろ?」

「うん」

「それなのに駐輪場に向かっているのが見えた。

それに、よくお前がいないとき」

「もう分かった」
思わず血の気が引いたので、私は話を遮るように言葉を発した。

 全部分かっている。
気付いてないふりばかりして、ヘラヘラ笑って、でも私はそれしかできない。
知らないままが良かった、『天然』の私のままでよかった。


「家の近くの駅まで送ろうか。電チャリだから行けなくはない」

…うそ。そんなことしてくれるの?あまり面識のない私に。

「気持ちは嬉しいけど…見つかったら退学だよね。
それに、私の家の最寄り駅まで4kmくらいあるし…電車で帰るから大丈夫だよ。」
我ながら可愛くない。

「すぐじゃん。チャリ持ってくるから校門のところで待ってて」

「……え…。うん、分かった」
言い終わる頃には彼はいなくなっていた。

今までただの憧れの人だった人が、こんなに身近に感じていることが、不思議でたまらない。

しばらく歩いて、一応周りに人がいないのを確認してから彼の自転車の後ろに乗り込む。

「案内よろしく。
自分のこと掴んでいいけど、汗臭いかも。ごめん」

「いや、えっと…全然…」
うれしい。




遠くからみてただけのはずなのに、今はこんなに近い。

心も近くなれたらいいのに。


ゆっくりと私たちの体を運ぶ電動自転車の機械音と、風を切る音だけが耳に飛び込む。





 付き合ってから3年ほどが経って、大学2年の夏休みに初めて花火を見に行った日、あなたは私の『花火って魔法みたい』という咄嗟の言葉に、優しく微笑んで“そうだね”と言ってたけど

私分かってた。
こんな花火大会も、私という人間も退屈だってこと。

あなたはどうしてこんなつまらない私と一緒にいてくれてるのかな。

 9月上旬に、家族と静岡に旅行に行った。
都会と違って、済んだ空気に心がすっと安らいだ。





 あなたへ選んだお土産、喜んでくれるかな。

早く会いたい。








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