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02. 就職活動を始める前の「わたし」について

(1)中学・高校時代

中高一貫の私立の女子高に通っていた。特に英語に力を入れているミッション系の学校だったので、中学1年の頃から、自然に英語に興味を持つようになった。
高校3年のときは、英文法、英語読解、英会話、英文タイプ、一般英語と、英語の授業を週12時間受けていたが、苦痛どころか楽しかった。
大学にストレートで上がることも出来たが、大学には「英文学科」しかなかった。
文学ではなく英語を学びたかったので、「英語学科」のある大学を探していると、京都に建学して十数年の大学を見つけ推薦試験を受けて合格し入学した。

(2)大学入学直後から勉強の意欲を失う

夢と希望に満ち溢れて大学に入学したが、現実は大きく異なっていて失望。入学して1か月経たないうちに、講義をさぼり始めた。
勉強する意欲は失ったが、退学する勇気もなく、ゴールデンウィークが明けて写真部に入部した。

(3)写真とアルバイトに明け暮れた3年

写真部に入部して、現像から焼き付けの技術を身につけ、写真の面白さにハマっていった。
講義をさぼり、アパートと暗室を往復する毎日を過ごし、11月に京都市内の画廊で、同期生と新人展を開催する。このまま卒業まで、写真部での活動を頑張ろう!と思っていたが、先輩とそりが合わず、新人展最終日に退部。

それでも、写真を撮ることは続け、2年生の11月に京都市内の画廊で「生業の街」という個展を開いた。
そして、3年生の5月にグループ展に参加したが、撮ることが辛くなり写真をやめてしまう。

写真を辞めた後も、相変わらず講義はさぼってばかりで、目標も楽しみも持たない1年間を過ごした。今、振り返っても、3年生の5月から、翌年2月までの記憶も思い出もほとんどない。

(4)本気で就活をしようと思った理由

当時の女子学生の就職は、
「企業は、4年生の女子大生より短大生を採用する」
「自宅外通勤の女子大生は就職が厳しい」
「女子大生は、成績が優秀でないと採用してもらえない」
「縁故がなければ知名度のある企業には入れない」
と、今では考えられない状況だった。
しかし、私の状況と言えば、
「4年制の女子大生」
「広島にUターンせず大阪で就職したいと思っている」
「成績は中の下(英語が専攻なのに秀・優は体育だけ)で専門性など活かせるレベルではない」
とないないづくしの状態だった。

3年時の2月、”こんな状態でズルズル卒業しても、どこにも受け入れ先がない!”と危機感を感じ、本気で就職活動をすることを決意した。

※この頃のことは、マガジン「青春グラフィティ」に詳しく書いています。


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