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全てを間違える男 2

 そのまま授業をボーっとしながら聞き、一日が過ぎていく。

 気付けば帰りの時間となっていた。

「そういえばこれも聞きたかったんだけどさ……柳田はどうしてあんな廃部寸前の生物部になんて入部したんだ? あそこ過疎り過ぎてほとんど活動していないだろ?」

 周りの生徒が帰り支度をし始める中、加藤は再び俺の下へやって来る。

 変人と名高い俺に絡んでも他のクラスメイト達と上手くやれているのは、加藤の人の良さやノリの良さ故だろう。

「生物部は、三年生の先輩からこのままじゃ廃部になっちゃうから入ってくれって頼まれたんだ」

「他にやりたい事とか無かったの?」

「無いさ。俺は基本的に学校生活というものを、ただ何となく過ぎ去れば良いやぐらいにしか考えてないんだ」

「夢のない奴だな」

「やかましい!」

 夢がない奴と言われようと、それが俺なのだから仕方ないじゃないか。

「じゃああんまり生物部行ってないのか?」

「いや、行ってはいるけど生物部っぽいことはしてない。適当に本を読んで帰るだけ」

「それって活動って言えるの?」

 加藤の指摘はごもっともだが、とりあえず生物室に生物部の部員がいれば、学校側としては廃部にはしないそうだ。

 この部活動選びも間違っていると言われれば間違っているのだろう。

 もっと青春を謳歌しろだのなんだの、加藤もそうだし、俺の両親も口うるさく言ってくる。

 彼らの言いたいことは良く分かっている。

 俺は基本的に”間違える男”なのだろう。

 今までずっと間違え続けてきた。

 しかし、だからといって不幸だったかと問われれば、それは違うと断言できる。俺はいつだって幸せだった。


 このクラスで唯一の友人である加藤。

 彼は他のクラスメイト達とも上手くやり、バスケ部に所属し、元気な彼女とデートを重ねる。まさに周りの言う青春を謳歌している人の代表格だろう。

 そんな彼とは真逆の俺に、彼は無意識ながらに幸福マウントを取ってくるのだ。

 今の俺の方が幸せだろ? と言わんばかりに、俺にそういった類のことを押し付けてくる。

「俺はこれで良いんだよ。そんなことより早く部活に行って来いよ。怒られるぞ?」

「あっ! 本当だ! サンキュー柳田。幸せになれよ!」

 そう言って加藤は春の風のような速さで、教室から去っていった。

「俺も生物室に向かうか……」

 俺も荷物をまとめ、教室を出る。

 生物室に向かう道すがら、廊下で声をかけられる。

「柳田君も今から?」

「そういう蒼さんも今から?」

 ちょうど廊下で鉢合わせたのは、他のクラスの女の子で、俺と同じ生物部の蒼さん。

 加藤に言っていない他のクラスの友人だ。

 実は彼女を部活に誘ったのは俺だったりする。

 校外学習の製糸工場でバッタリ出会い、他に生徒もいなかったので彼女と一緒に見て回ったのだが、話してみると蒼さんも本が好きということで一気に距離が縮まった。

 蒼さんは、高校生らしからぬ落ち着きを持った大人しい子だ。

 そもそも一人で製糸工場に来ている時点で、物静かそうだろ?

 生物部は俺と彼女と先輩の三人でギリギリ部活として認定されているが、先輩は受験勉強をしなければいけないからと、ほとんど部室に顔を出さないので、活動しているのは実質俺と彼女の二人だけ。

「じゃあ行こうか」

 俺と彼女は好きな本の話をしながら生物室に向かう。

「柳田君は紅茶飲む?」

「うん。ありがとう」

 この生物室には先生が置いていったケトルが置かれていて、俺達は勝手にティーパックとカップを持ち込んでいる。

 特に活動内容も決まっていないので、紅茶を啜りながらの読書タイムと洒落込む。

 この時間は、俺にとって実に有意義なものとなっている。

 これも加藤には言っていないが、俺と蒼さんは最近付き合い始め、友人同士から恋人同士にランクアップしたのだ。

 彼女が俺の好みのタイプだったのと、お互いに考え方や趣味が一致したのが大きかった。

 
 そのまま二時間ぐらい経過した後、どちらから言う事もなく帰り支度を始める。

「柳田君はいつの間にそんな読み進めているの?」

 蒼さんはそう不思議がる。

 確かに家で読んでいるにせよ、俺と彼女の読書量には差がある。

「まだ言ってなかったっけ? 俺って、クラスでは基本一人なんだよ。だから読書がはかどるのさ」

 これは決して負け惜しみではなく、俺の本心だ。

 俺は、クラスメイトとバカ騒ぎしている時間が勿体ないと思っている。

 加藤は例外だが、いつも今日みたいに絡んでくるわけではない。

 彼にだって付き合いはあるのだから。

「幸せだな~」

「何よ急に」

 生物室の鍵を閉めながらボソッと呟いた俺に、彼女は笑って振り向く。

「校外学習で出会った趣味のあう子を彼女に出来て、部活も実質デートで、クラスで基本的に一人だから好きなだけ本が読めて……あれ? 俺って何も間違って無くね?」

 俺は衝撃の事実に今更ながら気が付いた。

「ふふっ! なによそれ。でも……私は今幸せよ?」

 そう言う彼女の笑顔を見ていると、自分が”全てを間違える男”なのだとこだわっていたのがバカらしく感じる。

 俺たちは、生物室の鍵を職員室に戻してから靴に履き替え、外に出る。

 俺は今自信を持って言える。


 加藤をはじめとした、周り人達から見れば”全てを間違える”俺だが、逆に全てを間違え続けたからこそ、今ここにいる。

 全てを間違えているというのは、周りから見ればの話。

 見方を変えれば、視点を変えれば、どんな選択にも意味はあるし、どんな選択にも正解や間違いは存在する。

 そして俺は他の奴らよりも幸せだ。

 そう、勝手に思っている……これも視点の違いかな?

 俺は暖かい春のような気持ちを胸に、彼女と共に夕暮れの日差しが照らす校門を潜り抜ける。

 そのまま彼女の手を握りながら、全てを間違える男は正しい道を歩み始めた……

end

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