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家のハムスターの態度がでかすぎるけど、なんだかんだと助けてくれるからしょうがない?13

第五話 遅れる後輩ちゃん 3

 遠くに見える看板にはこう書いてある。動物霊園と。

 そう霊園だ、それも動物の。前を行く後輩ちゃんの後をつけながら頭の中で推論を組み立てていく。

 つまり今回の件、遅刻の理由は菊岡さんに報告していたようなベタな理由でも、ましてやピーちゃんに餌をあげていたからでもなく、お墓参りに毎週来ていて遅れたのだ。

 普通、お墓参りに毎週来る人は珍しいのかもしれない。お墓が近くに無い人がほとんどなのだから当然だろう。しかし、もしそのお墓が徒歩圏内にあったら? もし亡くなったのが最近だとしたら?

「行くぞ」

 俺は自然と小声でハムスケに声をかける。後輩ちゃんは、霊園の中央にある墓地の一番奥の墓石の前に立っていた。俺達はそれを遠目に見守る。

 墓地の奥は雑木林になっていて、彼女が立っている墓石の位置は一番雑木林に近い場所だ。天候は曇っていて、どんよりとした雲の隙間から時折射す日光が、両手をあわせて祈る彼女を照らしていたのが印象的だった。そのまま何分経ったか分からないほどの時間が過ぎる。次第に小雨が降ってきたが、彼女は動かなかった。雨に打たれながら彼女の瞳から涙が零れ落ち、やがて雨と溶け合って消えていった。

 彼女の亡くしたものは飼っていた猫、それもおそらく最後の家族だ。昨日一日ウェブカメラの録画をみて気が付いたが、誰の出入りも無かったのだ。これが後輩ちゃんの一人暮らしなら全然あり得るが、家族がいて一人も出かけないというのも不自然だ。あの家は一人暮らしにしては立派すぎる。

 不審に思った俺は、昨日この町で起きた事件の履歴を漁っていた。そして見つけてしまった。後輩ちゃんの家族が交通事故に巻き込まれて事故死、生き残ったのは当時学生だった後輩ちゃんとペットの猫だけ……

「行こう」

 俺はさっきと同じセリフをハムスケに小声で伝えた。やる気が出ないとか言っていた自分を殴ってやりたい。少し、自分が嫌になった。

 雨の中ずぶ濡れになりながら事務所に帰る道中、いつもなら濡れると騒ぐハムスケはなにも言わず、俺は雨の中泣きながら祈りを捧げる彼女の姿が脳裏から離れずにいた。

 俺は事務所に戻りシャワーを浴びる。ハムスケも一緒だ。

「どうした? 暗い顔して」

 ハムスケは桶に入ったお湯につかりながら俺を見つめる。

「この仕事を受ける時の自分の態度に嫌気がさしているのか?」

「そうだよ、悪いか?」

 そう呟くと、ハムスケが大きくため息をつく。

「和人……ガキだな」

「うるせぇ」

「良いか? 知らなかったことに対して責任を負う必要なんか無いんだよ。ましてや今回のは不意打ちだ、我だってこういう結果になるとは思っていなかった。確かにお前の最初の態度がいただけなかったのは同意だが、それを知っているのは我と和人と、せいぜい菊岡ぐらいで誰にも迷惑かけてない」

 ハムスケの言いたいことは分かっているさ、俺だって。でも……あんな苦しい思いをしている人の事情を俺は、大した理由じゃないなんて……どの立場でものを言っていたんだ俺は!

「今お前がやるべきことはとっとと風呂からあがって、菊岡さんに報告することだろ? 違うか?」

「違わない」

 まさかハムスケに説教されるとは思わなかった。だがコイツの言う通りだ。俺は探偵だ。依頼を受けて対象者を調べ、依頼人に報告する。こんなところでハムスターに説教食らってる場合じゃない。

 俺はハムスケを連れてお風呂からあがり、体を拭いている時ふと疑問に思った。今までなんだかんだハムスケの起こした(本人は認めたがらないが)奇跡に助けられているのに、今回はそれが無かったような……

「なあハムスケ……今回お前なんかした?」

「はぁ~どういう意味だ! 我が仕事してないってか? そういえば……何もしてないかも?」

「ああ違う違う仕事してないのはいつもじゃないか、そうじゃなくて」

「いつもとはどういう意味だ!」

「いいから落ち着けって、神様的なことだよ。 毎回なんかしら起こしてくれるじゃないか、それが今回は無かったなって」

 俺の第一声は完全に誤解を招く言い方だった。おかげでハムスケをプンプンさせてしまったが、実際のところ本当に今回はなにも起きていない気がする。

「奇跡はそう簡単には起きないし、奇跡が起きるには条件が必要なのさ」

「なんだよ条件って」

「それぐらい自分で考えな……探偵だろ」

 急に真面目なトーンで奇跡について説明したハムスケは、俺の疑問には答えてくれなかった。もしかしたら奇跡にも利用規約的なものがあるのかもしれない。奇跡の条件……知っていれば探偵業がスムーズになるが、奇跡はハムスケの寿命を縮めているようなことを、ハムスケ自身が口走っていた。

 なら知らないほうが良いのかもしれない。奇跡に頼りすぎれば、ハムスケとの別れが早まってしまうから。できるだけ使わないで解決すべきなのだ。それが普通なんだから。

「もしもし、今お時間よろしいですか?」

「ああ探偵さん、大丈夫ですよ」

「調査報告です」

「お願いします」

 俺は事細かに後輩ちゃんの遅刻の理由を話した。毎週月曜日に近くの霊園でお墓参りしていること、そこには一か月前に死んだであろうペットの猫ちゃんが眠っていること。そして……後輩ちゃんにとってその猫が最後の家族だったということ。


「そう……ですか」

 報告を黙って聞いていた菊岡さんがようやく口にしたのはその一言のみだった。

「その、謝りたいことが……」

「なんだい?」

「依頼を受けた時、後輩ちゃんの遅刻の理由をその……大した理由じゃないなどと……本当に軽率な発言でした。謝罪します」

 俺は電話越しの相手に向かって頭を下げた。今回のは俺の失態だ。他人からすればどうでもいいように思える事でも、当事者達からしてみれば大事なのだ。だからこそわざわざ探偵事務所に依頼に来ているというのに……

「ああ、そのことか。構わないよ、全く気にしていない。私が君の立場だったらそう思っただろう。それに……そこに対して真摯に謝ることが出来る君なら大丈夫さ」

「……ありがとうございます」

「こちらこそ。本人に直接聞かずに、理由は勿論その背景まで調べてくれるとは、正直期待以上だ。私はもう少し彼女の遅刻に関しては待ってみることにするよ。いずれ彼女から話してくれるだろうから……では」

 そう言って菊岡さんは通話を切った。

 当初、俺が抱いていた菊岡さんの印象はやっぱり合っていたのだ。彼のあの余裕こそ、大企業で部下を持つにふさわしいものだった。


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