R.I.P.
いま私が立っているのは石と草花で満ちたちょっとした広場だった。少し意識がぼんやりとしているけど、ちょっと記憶を遡る。
私は少しやんちゃな女の子だったけど、小学生の時から隣の家の男の子と良く遊ぶようになった。あまりにも一緒にいたためクラスの皆からは黒板に相合傘なんて描かれたりした。
それも今思えばあながち間違っていなかったな。
中学生の頃から彼とはあまり遊ばなくなった。それでも私の水泳の大会には応援に来てくれる。ちょっと素っ気ない態度をとっても優しくしてくれる彼に、私は甘えてしまっていた。
高校では水泳部のエースとして、ひたすら練習に明け暮れていた。夢はインターハイ優勝!
高校最後の大会で無我夢中で泳ぎ切り、プールから顔を上げた時のことは今でも鮮明に憶えている。結果は2着、夢が破れた瞬間だった。
そんな私の心を埋めてくれたのはいつも彼だった。彼は、私が笑っている時も泣いている時も怒っている時も、片時も離れずにそばにいてくれた。私はいつの間にか彼と一緒になることを願った。
それから晴れて彼とそういう仲になり、同じ大学で共に四年間を過ごすことになる。私と彼の両親は、揃いも揃ってやっとくっついたと喜んでいた。見透かされていたようでちょっぴり悔しく思ったのは、私だけではなく彼も同じだったみたい。
そんな彼は大学で法律を勉強していた。弁護士になって弱い人を助けたいと、殊勝なことを言ってたっけ?
一方の私は高校で水泳とはお別れをした。破れた夢を直視出来なかったからだ。そしてそのまま夢や目標は無く、ただただ彼との大学生活を満喫した。
当時の私はそんな自分に少し嫌気がさしていた。夢に向かって一生懸命な彼と自分を比較して自己嫌悪に陥りながら、彼の邪魔をしたくないと思っていつも作り笑顔を浮かべていた。
数年後に彼に聞いたら、私の作り笑顔は最初っからバレていたらしい。それでも騙されたふりを続けてくれていたそうだ。
「なんだ、その時からちゃんと弱い人を守る心構えが出来てたのね」そんな嫌味を笑いながら話す私のお腹の中には新しい命が宿っていた。
このあたりから私の新しい夢は、この子の成長を彼と一緒に見守り続けることになった。
無事にあの子を出産した時のなんとも言えない喜びを忘れられない。元気な女の子で、目以外は全て私に似ている。連絡を受けて急いで来た彼のホッとしつつも喜んだ顔が、今でも脳裏から離れない。
あれから何年たったかしら?
前にあの子と、彼に会ったのは半年前。あの子がもうすぐ小学校に入る年だった。彼の報告では近所の男の子と仲が良いようで、やっぱり私の娘ねと心の中で笑う。
石と草花で出来た私の庭で、首を長くして待っていると、遠くから彼とあの子がバケツに水を汲んでやって来るのが見えた。ちょっと背が伸びたかしら? 子供の成長は早いから……
あの子はまだこの場所の意味を良く分かっていないみたいね。そう思った時、あの子が彼の袖を引っ張る。
「ママはどこにいるの?」
彼はあの子の質問に一瞬顔を曇らせ、それでも前の私みたいに作り笑顔を浮かべる。
「ママはここにいるよ。さあ、水をかけて洗ってあげようね」
彼の指示通り、あの子は私の墓石に水をかけて彼の真似をして、手をあわせる。
本当にごめんね……彼と、あなたの成長を見守ろうって決めてたのに……
本当にごめんなさい……そばにいて、一緒にあの子の成長を見守ろうって…………
彼はいつも通り、ここで眠る私に報告をして涙を流す。私は彼の頬に手を伸ばすがやっぱり届かなかった。
私の夢はいつも叶わないものだったけれど、この場所でなら最後の夢は叶いそうだと思う。彼と一緒にこの子の成長を見守る。
形は変わってしまったけれど、これも一つの夢の形だと私は信じてる。
R.I.P. 安らかに眠れ
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