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途切れた常連さん!! 2


 とは言ったものの、あの常連さんの行動が同じ過ぎて情報が少ないというか、変化が起きないから推理はかなり難航しそうだ。

 今現在の情報をまとめると、年齢はマスターと同じくらいの初老の男性で、いつも同じ茶色のダッフルコートを着ている。来店時間は、いつも昼過ぎの来店ラッシュが落ち着いたあたり、そしていつも1時50分に店を出る。席はいつも一番奥のカウンター席、マスターと一番話しやすい席だ。そしていつもコーヒーとクッキーを注文し、それをゆっくり嗜む。

 これが、私が見た中でのあの常連さんの基本情報だ。しかし例外もある。それは、店を出る時間が10分早い1時40分になる日と、普段はほぼ手ぶらなのだが、大きめのバッグを持ってくる日があること。どちらも数日に一度のペースだと思う。

 喫茶店に一人で来て、特になにか作業をするわけでもないのなら、誰かと待ち合わせしていると考えるのが一般的だと思うけど、その可能性は低そうだ。

 もちろん待ち合わせの可能性もなくはないが、1時50分にここを出るということは、多分だけど待ち合わせ時間は2時だと思う。そしてこの喫茶店から徒歩10分圏内で、待ち合わせに適した場所はない。それだったらカールエ集合にしたほうがよっぽど良い。

 待ち合わせ時間が2時じゃない可能性もあるけど、普通友人とかと待ち合わせする時に半端な時間を設定したりしないよね? 仮に切り良く2時30分待ち合わせとなると、逆に集合場所から40分もかかるカールエでコーヒー啜ってる理由が無くなる。

 以上の理由から、私は待ち合わせ説をボツにした。しかしそうなると途端に分からなくなる。どうであれ、1時50分にここを出るというのがカギになると私は睨んでいる。

 次に考えられるのは2時に開店するお店があるパターンだけど、これもなさそう……そもそも2時にオープンする店を私は知らない。それに10分早く出る日の説明がつかないからこれもボツ。

 今日も無事にバイトが終わり、店を出て家に向かって歩く。すると目の前から件の常連さんが歩いてきた。

 彼本人に理由を尋ねるのはルール違反な気がするし、普通に失礼だ。なので軽く会釈をして通り過ぎる。

 しかしこんな時間までなにをしているのだろう? 昨日もここですれ違っている。誰かと夕食を共にするには早すぎる時間だし、かといって近辺でなにか時間を潰せそうな場所もない。本当に分からなくなってきた。考えても仕方がないので大人しく家に帰った。


 あれから一週間が過ぎたある昼過ぎ、いつものダッフルコートの常連さんは姿を見せなかった。

 私は珍しいこともあるもんだと気軽に思っていた。お客様と談笑しているマスターをチラッと見るが、別段普段通りだった。マスターが何も言わないのなら大丈夫だろう……そう思っていた。

 しかしそれ以来、ダッフルコートの常連さんは来なくなった。私は、何か粗相をしてしまって常連さんを怒らせてしまったのかと心配になった。

「マスター、私……あの常連さんを怒らせるようなことをしてしまったのでしょうか?」

 マスターは私の独り言のような問いかけに首をかしげる。

「春奈ちゃんは、なにか思い当たる節でもあるのかい?」

「いえ、特にはないんですけど……」

 私がそう言うとマスターはにっこりと笑った。

「だったら大丈夫。なにも心配はいらないよ」

 それっきり、マスターは消えた常連さんについてなにも話さなくなった。

 それからさらに2週間が過ぎても、あの常連さんは一度も店に顔を出さなくなった。私は推理の材料を集めるために、一度この町を見渡すことにした。

 バイトが休みの本日、この愛すべき小さな町を探訪してみようと思う。1時50分の謎を解くには、この綺麗にまとまったこの町をより知ることが一番の近道だ。

 私は駅からカールエに向かってゆっくり歩いてみる。ここからカールエに向かう途中にはカラオケやスーパー、コンビニに花屋などがある。私がこの前パンの買い出しを頼まれた時に通った道だ。

 そのまま何事もなくカールエに着くと、今度は駅とは反対側に向かって少し歩いてみる。手前からゲームセンター、CDショップ、病院にデパートがある。ちなみに私の家はこのデパートを超えたちょっと先にある。

 ということは私が2度、常連さんとバイト終わりにすれ違ったとき、常連さんはカールエと私の家のあいだにいたということになる………………………………!!

 

 そうか! 分かったかも知れない! だけど、それだと常連さんがここのところ来ていない理由が……

 次のシフトの日、いつも通りモーニングの混乱を乗り切り、ふと時計を見るとレトロ時計は12時を指していた。そしてやはり今日もあの常連さんは現れなかった。そのまま業務をこなして夕方、業務をあらかた終えてテーブルを拭いている時、マスターが休憩しよう誘ってくれた。

 マスターがコーヒーを淹れてクッキーを出す。コーヒーの深い味わいと、クッキーの甘さが見事にマッチしている。出されて気づいたが、これはあの常連さんのいつものだ。

 そうか、マスターはそろそろ答え合わせをしようと言っているのか。だったらお望み通り答えようじゃない!

「マスター、謎解きです!」

「待ってたよ。答えは出たのかな?」

「はい。私なりに考えました」

「聞かせておくれ」

 マスターは楽しそうに腰深く座りなおした。私はゆっくりと自分の考えを口にした。

「まず、今回の謎のカギは時間です。いつも1時50分にこの店を出る常連さん、しかしたまに10分早く出る。この時間について考えてみました。最初誰かと待ち合わせしているのかと思いましたが、それはボツです。1時50分にカールエを出るなら、待ち合わせ時間は2時だと仮定しました。しかし、ここから徒歩10分圏内で待ち合わせに適したスポットはこの町にはありません。公園とかも考えましたが、それならカールエで待ち合わせした方がよっぽど良いでしょう。逆にもっと遅い時間に集合だったら、毎日この場所でコーヒーを啜る意味がありません。直接家から出向けば良いだけなので」

「なるほど……続けて」

 マスターは満足そうに続きを促す。

「次に2時にオープンするお店の可能性を考えましたが、この町にはそんなものはありません。そしてたまに10分早くここを出るのは、目的地に行く前に、この町で何かを調達しなければいけないからです。時間に関しての考察はこんなところでしょう」

 私は一度落ち着くためにコーヒーを一口啜る。

「そしてマスターには言っていませんでしたが、バイトが終わって帰宅する途中、あの常連さんと2回すれ違いました。私のバイトが終わるのが夕方5時あたりで、終わった後デパート方面に進みます。そしてすれ違った場所はカールエとデパートのあいだです。常連さんがカールエを出た時間と、私とすれ違った時間のあいだは3時間ほど……ここで2時間弱待ってまでの用事なのですから、おそらく同じ場所にいたのだと思います」

「そしてこの前、意識的に駅からデパートまで歩いてみたのですが、並び的にカールエとデパートのあいだにある目ぼしい建物は、ゲームセンター、CDショップ、病院です。そこで気が付いたのですが、あそこの病院、面会時間が2時からみたいなんです。それを知った時に全て分かりました。あの常連さんはお見舞いに来ていたのだと」
 
 マスターは私の話を聞いた後、質問をしてきた。

「2つ聞くよ? たまに10分早く出るのと、たまに大きめのバッグを持っているのはどうしてか分かるかな?」

 マスターは私を試すような表情を浮かべている。

「さっきこの町で調達しなければいけないものがあると言いましたよね? 病院とは反対側に花屋があるのですが、そこでは明るくて優しい色の花が店先に並んでいるんです。花屋のお姉さんに教えてもらったのですが、暖色系の花はお見舞いに持っていくと喜ばれるそうなんです。この店を出て花屋で花束を買って、病院へ向かう。10分早く出れば丁度よさそうです」

「そしてたまに持ってくる大きめのバッグですが、これで入院相手をある程度絞れます。ほぼ毎日お見舞いに行く相手で、花束を定期的に持っていく相手、そして大きめのバッグには着替えが入っていたと思います。なので、入院しているのは常連さんの奥様だと考えました」

 私はマスターに促されるがまま、勢いで自分の推論を全てぶつけた。マスターは目を瞑り腕組をしたまま動かないでいた。

「どう…ですか……?」

 言い切った後、マスターが全然動かないので突如不安になってしまった。

「マスター?」

「ああ、すまない。こちらの想像以上に、論理的に正解に持っていくものだから感心してしまったよ」

「じゃあ、常連さんが顔を見せなくなったのって……お見舞いする理由が無くなったからですか?」

 これが怖かった。常連さんは初老と言って良い年齢だ。その奥様が長い間入院しているということは、当然軽い病気ではないと考えるのが普通だ。それがここ2週間来てないということは、奥様はもうすでに…………

「その答え合わせは今度のクリスマスにでもしようか」

 マスターが神妙な面持ちで、突然変なことを言い始めた。答えをすぐには教えられない理由でもあるのかな?

「クリスマス……ですか?」

「そうだとも。どうせ暇なんだろう? シフトいれとくから」

 失礼な……私だってクリスマスの予定ぐらいある! と強く言えないのが悲しかったりする。まあマスターがどんな答えを持ってくるのか、興味があることには違いないし。

「分かりました……そこまで引っ張るのですから期待しちゃいますよ」

「当然だとも!」

 マスターは胸を張りそう答え、時間を確認する。

「こんな時間か、もうあがって良いよ」

 マスターはそう言い残し、バックヤードに去っていった。


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