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全てを間違える男 1

「なあ柳田」

「なんだよ」

 朝のホームルームが終わった後、俺を柳田と呼ぶのは、このクラスでは唯一の友人である加藤だった。

「この高校に入ってもうすぐ半年だろ? お前って俺以外に友達とかいないの?」

 俺の机の上に腰掛け、腕を組みながら加藤はそう聞いてくる。

 実は加藤に言っていないだけで、他のクラスに一人だけ友人がいるのだが、それはまた別の話だ。

 というかコイツ、理由は知っているだろ?

「俺は間違えたんだ。最初の自己紹介でやっちまったのをお前も見てただろ?」

 そうなのだ。

 クラスが決まって最初の自己紹介。

 この自己紹介の出来次第で、今後のクラス内での立ち位置が決まると本気で思っていた俺は、かなり気合を入れてミスをした。間違えたのだ。

 実際の所、最初の自己紹介でクラス内の立ち位置が決まることなどそうそう無いのだが、俺は間違えたが故に本当に立ち位置が決まってしまった。

 普通に済ませば問題が無かったはずなのに、自分の趣味を全開にしてテンションMaxで喋りまくった。

 俺は本を読むのが好きなのだが、高校生が読みそうな所謂ライトノベルではなく、ガチの本が好きだった。どの程度ガチの本が好きかと言うと、一ページに上下二段に別れて書かれている、辞書みたいな分厚さの本だ。

 その内容をこれでもかと熱く語ってしまったら、周りから引かれるのは当然というわけだ。

「お前……熱かったもんな」

 加藤は昔を思い浮かべるかのように遠い目をしていた。

 そんなわけで、クラスの皆から変な人のレッテルを張られた俺に構う人などいるわけもなく、俺はこうして一人で学園生活を送っている。

「だけど加藤……どうしてお前だけは俺に構うんだ?」

 加藤が読書好きなのは知っているが、それだけの理由で変人扱いされている俺に平然と話しかけてくるのはコイツだけだ。

「ああ、そのこと? 俺さあ……変な奴が大好きなんだ!」

 どうやら加藤は本好きの仲間ではなく、変人仲間だったらしい。

「それにしてもクラスの連中、こんな変な奴を放っておくなんて……見る目が無い奴ばかりだな!」

 加藤はやや興奮気味にそう語る。

 クラスの変な奴の処遇について、ここまで興奮気味に語れる加藤の方がよっぽど変人だと思うのだが、どういうわけかコイツにはそこそこ友人がいたりする。

 全くもって納得がいかない、世の中不条理だ。

「俺もそう思う。最初の自己紹介をミスらなかっただけで、こんなにヤバい奴を仲間だと認めているクラスの連中は、本当に見る目がない」

「こんなにヤバい奴? 俺のことか?」

「当たり前だろう? 他に誰がいる?」

 自覚がある分、俺はまだマシな方だ。

 本当に変な奴(加藤)は無自覚で、自分があたかも真っ当だと信じているから質が悪い。

「俺が変人? ありえん!」

 加藤は自信満々にそう言い放った。

 まあいいだろう。彼がそれで良ければ、それはそれで一つの平和の形だ。

「はいはい分かったから。そろそろ自分の席に着け、授業が始まる」

 俺は加藤の席を指さし、俺の机から降りるように催促する。

「へいへい」

 加藤は渋々自身の席に着き、すぐに隣の席の奴らと話し始めた。

 一方の俺はそのまま本を読み始める。

 このあたりがクラス内カーストの差だろう。

 アイツしかいない俺と、俺以外にもいるアイツ。

 その差は大きい。

「起立! 礼!」

 日直の掛け声で、授業が始まる。

 俺は着席してからぼんやりと考える。

 どうして俺はいつも間違えるのだろう?

 別に運動神経もそこそこで、勉強も狙ったかのようにオール平均点、普段の生活においてはほとんど間違えない俺だが、ここぞという時に間違える。

 昔から、今後に響くような選択の時に俺はいつも間違えるのだ。

 そんな感じでボーっとしていたら、授業ももうすぐ終わりそうな頃合いだ。

「五月に行った校外学習のレポートを後ろから集めてきて~」

 先生が終わり際に大きく声を張る。

 俺は後ろから回されてきたレポートの束に自身のレポートを重ねて、前の席の奴に渡す。

 校外学習か……これも間違えたんだよな~選択。

 もう完全に間違えた。


「そういえば柳田は何処に行ったんだっけ?」

 授業が終わって先生が教室を抜けた瞬間、加藤は俺の元にやって来た。

 こいつどんだけ俺のこと好きなんだよ……まあ良いけど。

「そういうお前は?」

「俺? 俺は皆が選択していたお菓子工場だぜ? 最後にお菓子くれるし、結構人がいて賑わってて面白かった」

 加藤は腕を組んで、うんうんと首を縦に振っている。

 選んだ理由からその結末まで、確実に正しい選択をした男の校外学習だ。

 今回の校外学習は、学校側が用意した様々な業種の会社に一年生全員が三日間にわかれて、それぞれの家から直接お邪魔して、見学をしたり体験したことをレポートにまとめて提出するといったものだ。

 加藤が向かった先はどうやら一番人気だったらしく、生徒も集まりレポートも写し放題。

 最後にお菓子が食えるのと、製造過程も結構見てて面白かったらしい。

「良かったじゃないか、楽しそうで何よりですね」

「拗ねるなよ~柳田は何処に行ったんだっけ?」

「俺は……製糸工場だ」

 俺が選択したのは、家から一番近いというだけの理由で選んだ製糸工場だ。

 俺が行ったのは三日目なのだが、生徒がほとんど来なかったのか、会社の担当の人がひどく嬉しそうだったのが印象的だった。

「なんでそんな所に?」

 そんな所という言い方も大概失礼だが、言いたいことは分かる。

 普通の高校生が製糸工場を選ぶことはほとんど無いはずだ。

 絶対地味だし(本当に地味でした)レポートに書けるものが、ほとんど無さそうなイメージを持つだろう。

「家から近かったから……」

「そんな後ろ向きな理由があるか?」

「あるんだよ! 俺には!」

 俺は、加藤みたいに学校行事をしっかり楽しめるタイプの人間とは違うのだ。

 俺は極力楽に、スマートに学校生活が過ぎ去るのを待っているのだ。

「でもさ、製糸工場なんて書くこと見つけるの難しくないか?」

「ああ、滅茶苦茶大変だった! だってただ糸が機械で引っ張られているだけだぞ! どうやってレポートにしろと?」

 俺はついつい声が大きくなる。

 年内で一番声を張ったかもしれない。

 でもそれぐらいレポートにするのが大変だった、あまりにも動きに乏しい工場だったのだ。

「俺に八つ当たりするなよ。選んだのはお前だろ?」

 そう言われるとぐうの音も出ない。

 正論とは時に人を傷つけるものだと、この時に俺は学習した。

 もしかしたら、今回の校外学習で一番学んだことかもしれない。

「確かに俺が選んだけどさ~もう少し学校側も精査してほしかったんだが? あれじゃトラップと変わらん」

 学校が提示した場所の一つに行ったのだから、学校側の巧妙なトラップに違いない。

「レポートの難しさは分かったけどさ、その製糸工場に他に誰もいなかったのか? 他の参加者に聞けば良かったじゃないか」

「簡単に言ってくれるな。俺と同じく選択を間違えた生徒がほんの数人いたが、全員レポートどうしようって顔で説明受けてたんだぞ? 誰に聞けと?」

 製糸工場に行ったのが、俺一人では無かったのが救いだが、皆レポートに困っていた。

「まあドンマイ! 俺は彼女と行ったから楽しかったけどな」

 加藤はここで彼女がいるというマウントを取ってきた。

 彼の彼女はいかにも活発そうな、元気一杯といった感じで正直苦手だ。

 俺はどちらかというと、物静かで一緒に読書をしてくれるような大人しい子の方がタイプだ。

「そりゃよかった。じゃあもう戻れ、授業だ」

 俺は加藤を再び席に戻すと、次の科目の教科書を開いたのだった。


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