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途切れた常連さん!! 1

 私がバイトしている喫茶店カールエは、私とマスターの2人だけでやっている店だ。この町は都会の喧騒とは少しだけ距離を置きつつ、そこまで田舎ではない絶妙な位置にある。

 私はこの町に住むフリーター。好きなことは人間観察で、その人の人生を妄想している時が一番楽しく思う。この趣味の部分だけは普通じゃないかもだけど、それ以外はごくごく普通の女子です。

「春奈ちゃん、ちょっと来てくれるかい?」

「はーい今行きます!」

 私はマスターに呼ばれて店のバックヤードへ急ぐ。カールエの店主、マスターこと村上さんは初老の男性で、渋めの顔立ちに白髪交じりの髪が良く似合うやさしい人だ。実際、マスターの人柄でもっていると言っても過言じゃないのが、喫茶店カールエだったりする。

 私としてはバイトは楽だしマスターは優しいし、たまに試作品を食べたりできるから超お得なバイトだと思う。しかも皆マスターにいろいろな話をするもんだから、趣味の人間観察がはかどるはかどる!! 

「なんですかマスター?」私がバックヤードに足を踏み入れると、マスターは顎に手をあてていかにもなポーズでなにか悩んでいた。

「実はサンドイッチ用のパンが切れちゃって……悪いんだけど近くのスーパーで買ってきてくれないかな? バイト終わりにケーキあげるから」

「やったー!! じゃあ喜んで行ってきます」

 この緩い雰囲気が楽しくて仕方がない。私はバッグを片手にカールエを飛び出し、近くのスーパーへ向かう。外は空気の乾燥するちょうど秋と冬の狭間、木枯らしが吹き、冬将軍がまもなく到来しようとしている季節だ。ひんやりとした外気が、店の暖房であったまった体を急速に冷やしていく。

 この町は小さいながらも、徒歩圏内に生活に必要なものが全て揃っている。コンビニ、スーパーはもちろんのこと、学校、病院、デパート、公園、弁当屋さん、カールエ、花屋、ゲームセンター、カラオケ、CDショップ、etc……こじんまりと綺麗にまとまっているのがこの町の良いところだと私は思っている。

 スーパーで両手に一杯のパンと、ついでに野菜類を適当に買ってカールエに戻る。その帰り道、花屋さんの前を通り過ぎると、店先には黄色やオレンジの明るくて優しい花が咲き誇っている。すっかり顔見知りとなった花屋のお姉さんに声をかけると、最近この色合いの花がよく売れているらしい。

 暖色系の花はお見舞いとかに持っていくと喜ばれると、数日前にこのお姉さんから教わった気がする。さすがに無知な私でもお見舞いに菊の花を持って行ったりはしないけれど、それでもこういう知識は、たとえ直接的でなくても役に立つ。

 花屋のお姉さんに別れを告げ、カールエに戻る。店に入ろうとした時、中から茶色いダッフルコートを着た、マスターと同じぐらいの年齢の男性が出てきたので道を譲る。男性は私に軽く会釈するとそのまま立ち去って行った。

「マスター、ただいま戻りました」

 私は客が誰もいないのを確認して、バックヤードにいるであろうマスターに帰還報告をする。外枠が木で出来たレトロな時計を見やると、時刻は1時50分を指していた。

「おかえり遅かったね、また花屋のお姉さんと喋ってたんじゃないのかい?」

 そんなに遅くなったつもりはないんだけど、うちのマスターは時折鋭い。

「さすがマスター良くお分かりで……」

「まあどうせこの時間帯は客なんていないからいいけどね」

 マスターが自虐的に笑う。たしかにこの喫茶店が一番忙しくなるのはモーニングの時間帯から、昼頃まで。これはこのカールエに限らずどこの喫茶店も同じであると信じたい。バイトとはいえ、私もこの喫茶店には繁盛して欲しいと願っているのだ。

「ところでマスター。あのお客さんとさっき入り口ですれ違ったんですけど、私がシフトに入っていない日もいつも同じ時間に出ていくんですか?」

 私はマスターに率直に疑問をぶつける。あのダッフルコートを来たお客さんはうちの常連客なのだが、私の知っている限り、いつも決まった時間に来て、決まった時間に出ていく不思議な人。

 カールエに来店するようになってから半年ほどたつが、私とはほとんど喋らず、いつもマスターとだけ話す渋いおじさんである。

「そうだよ。あの人はいつも昼過ぎに来て、1時50分に出ていくのさ」

 そしてたまに10分ほど早くここを出るのだ。

「いつもマスターとだけ話してますよね? なにを話しているんです?」

「それは秘密だよ」

 マスターはイタズラっぽい笑みを浮かべてバックヤードに下がっていった。お客さんのプライバシーに関わることだから言えないのかな?

「とりあえず掃除しますね~」

「よろしく~」マスターの返事が小さく響く。私は頭を切り替え、仕事に専念することにした。あのお客さんのことは気になるが、いつでも観察するチャンスは巡ってくる。

 それに掃除といってもこのカールエはさほど広い喫茶店ではない。カウンター席が奥から8席並び、その並びの横にテーブル席が4セットあるだけのこじんまりとした喫茶店だ。

 内装はマスターのこだわりが随所にちりばめられている。床には、木目をそのまま生かした板を敷き詰め、椅子とテーブルは黒っぽい樫の木で出来ている。テーブルの隙間には小型の観葉植物が添えられ、天井にはクルクル回る例のあれ(マスターに聞いたらシーリングファンと言うらしい)と、ちょっと光量を抑えた落ち着いた色の照明が店内を照らす。

 掃除が終わるとマスターと試作品作りが始まる。今回は新メニューのケーキ作りだ。今現在この店にあるケーキのメニューは、イチゴのショートケーキとチョコケーキという王道中の王道の2種類のみだ。

 カールエの常連さんは基本的に年配の方が多いので、そこまでケーキの種類に力をいれていなかったが、今年はクリスマスシーズンに若いカップル層を狙いたいらしい。マスターに真意を尋ねると、相手がいない私への嫌がらせというわけではなく、単純に若いお客さんで賑やかなカールエを見てみたいという純粋な動機なようだった。

 マスターの意向で手始めにイチゴタルトを作ってみる。単純にタルトにイチゴを加えただけだが、これが相性抜群!! 甘みと酸味が程よく混じりあい、若い人だけでなく、常連の年配のお客さんにも歓迎されそうな出来だったのでそのまま採用へ。

 私が出来立ての試作品タルトを頬張っていると、マスターがコーヒーを淹れてくれた。タルトの甘みとコーヒーの程よい苦みがとてもマッチしている。そして私は、食べながらこれが買い出しの報酬のケーキだということに気が付いたのだった。

「ご馳走さまでした!」

「これで新メニューも決まったし、今日はもうあがって良いよ」

 マスターは店仕舞いの準備をしながら私を見る。

「お疲れ様でした!」

 私はマスターに言われてすぐに帰り支度をして店を出る。

 外は夜とまではいかないが、夕焼けが水平線の彼方に溶けていくような、そんな時間帯。夕焼けの残光と街灯の二つの光源が町を照らしている。私は軽く伸びをして寒さを打ち払い、帰路につく。

 途中で見覚えのある茶色いダッフルコートを着た人影が向かいから歩いてくるのが見えた。あれはいつもの常連さんだ。すれ違いざまに軽く会釈をすると、むこうも私に気が付いたのか、会釈をしてそのまま立ち去って行った。

 今日もシフトが入っているのでカールエに向かう。朝の冷たい空気が眠気を散らしていく。実はこの喫茶店のバイト、想像よりも朝早いことに働き始めてから気が付いた。(モーニングをやっているのだから当然なんだけど、なぜか気がつかなかったんだよね)

 カールエに着き、マスターに挨拶をしてエプロンをかける。これで準備完了、あとは開店準備にいそしむのみ。

 一番の稼ぎ時であるモーニングの時間帯が目まぐるしく去っていき、時刻はお昼、ドアが開けられた音がしたので「いらっしゃいませ!」とドアの方へ視線を向けると、見慣れたダッフルコートの常連さんがやって来た。

 そして私は彼のいつもの席、カウンター席の一番奥に案内する。今日は喫茶店には不釣り合いな、大きめのバッグを持っていた。彼は数日に一度はこの大きめのバッグを持ってくる。中になにが入っているかなんて、到底聞けるわけないけど、決まったタイミングで持っているということは何かしら意味があると勝手に思っている。

「ご注文はいつものでよろしいですか?」

「はい。お願いします」

 私は答えの分かっているやりとりをする。私もいつか「いつもの」って言ってみたい!

 マスターは私のオーダーを聞く前に、すぐにいつものコーヒーと当店自慢のクッキーを用意していた。これが彼のいつものだ。このセットを注文し、後はいつもの時間までボーッとしたり、時折マスターと話ながら過ごす。そして1時50分、彼はいつものように席を立ち、いつものように帰っていく。

「マスター、あの常連さんがなんで毎回同じ時間にここを出ていくか知ってますか?」

 仕事終わりにマスターに聞いてみる。いつもあのお客さんと話しているマスターなら、なにか知っているかもと思った。

「知ってはいるけどねぇ~信頼して話してくれていることを、いくら春奈ちゃんが相手でもそう簡単に話せないよ」

しごくごもっともな正論を返されてしまった。そう言われてしまっては、私としても人間観察により熱を入れてしまう。だいたいマスターがこういう言い方をするときは、自分で謎を解いてみろという挑戦状だったりする。

 今までも何度かこの手のやりとりはしてきた。私は人間観察が趣味で、さらに手に入れた情報から、相手の人を好き勝手に妄想するのがたまらなく好きなのだ! マスターもそんな私の趣味を知っているからこそ、時折こういった趣向のゲームを仕掛けてくる。

「いつもの謎解きですね」

「今回はそう簡単に解けるとは思えないがね」

 そう言うマスターは余裕たっぷりといった様子だ。優雅に自分で淹れたコーヒーなんて飲んじゃって……

 ここは一つ、目にもの見せてやらねば!! というわけで、いつも以上にあの常連さんにフォーカスしてバイトを頑張ります。


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