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「一念忘機」と小田急線無差別殺人未遂事件

一念忘機という禅語を紹介します。


「忘機」とは、禅宗の言葉で「物事を求める心を忘れること」。つまり、「願う念いを強くして追い求めることをやめ、心を軽くせよ」との意味。

人は考える動物ですが、考えすぎると、成功できるのでしょうか。
8月6日、東京都内の小田急線車内で起きた刺傷事件は、まったく痛ましい事件です。殺人未遂容疑で逮捕された容疑者がどうしてこのような行為に及んだのか。何を考え、そして、考え過ぎ、ついには死神を引き寄せてしまい、人としての心を奪われ、他人を巻き添えにしたのか。
考え過ぎは、時として、恐ろしい出来事を引き起こすのです。

一念することを忘れましょう、とは容疑者だけでなく、悩み苦しむ多くの人へ向けた言葉なのかもしれません。

禅は悟りを求める修行の教えです。しかし、禅では悟ったという状態になっても、悟った完全無欠こそ悟りのようであり、悟りに安住する行為こそ、もはや迷いと言われています。

禅語ではこうした煩悩や執着心を拭い去った一点の曇りもない境地を「棒で打って粉々にせよ」と乱暴な物の言い方をした句があります。それが、「青天也須喫棒」(せいてんまたすべからくぼうをきっすべし)。

完璧に見えていますが、その完璧こそ欠点にもなりうると看破した禅の境地。

悟りも迷いも表裏一体。誰しもが、完ぺきを求める必要などないといえます。

迷っている、悩んでいる、それでいいのです。
考えすぎを忘れ、しばし、心の重しを外してみませんか?


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