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過去の自分の文章はタイムカプセル。小説『堂々巡り』

大学1年前期のときの文学の授業の課題。メタ小説を書けというお題だった気がする。せっかく書いたので、懐かしさを感じながら掲載してみる。

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『堂々巡り』

ある夏の日、僕は途方に暮れていた。僕はこの春から大学通っていて、数日前に夏休みを迎えたのだが、自室にこもって夏休みという言葉の魅力的な響きとは程遠い心境にあった。それは文学という授業を取ってしまったことに起因する。講義自体はつまらないものではなく、むしろ他の講義よりも興味をひくものであった。しかしながらこの講義の単位を取得するためには小説を一篇書かねばならず、僕は今頭を悩ませているのである。あなたは課題、それも小説なんて適当に書いてしまえばいいではないか、と思うかもしれない。元来僕は真面目な性格ではないし、あなたの言い分ももっともだと思う。現に僕は今まで数多くの適当なレポートを生み出してきた。しかし僕はたいそう目立ちたがり屋なもので、小説を書け、などと創作意欲を刺激されるようなことを言われると、他の人とは一味違ったものを作り上げたい、という欲求に駆られるのだ。そのオリジナリティー、いわば俺ジナリティーを追求する欲求が僕を自室にこもらせていた。独創性を追求する心だけが空回りし、何もアイデアが浮かんでこないのである。

小説に書く題材が無いわけではない。僕は四月に大学に入学してから、自分の日常に常に不満を抱えていた。最初は人間関係の希薄さなど言葉にすることができたが、仲の良いクラスメイトができた今、それは漠然とした不満に変わっていた。そうした中でサークル活動を始めてみたりもしたが、そこに僕の不満を打ち消すようなものはなかった。何かが足りないと不満を抱きつつも能動的に行動を起こしたわけでもなく、なにが足りないのかもよくわからないのだ。そんな僕の不満を小説にしたところで、面白くないどころか帰着点が見つからない。却下だな、と僕は思った。元々この題材で書く気など毛頭なかったのだが。

第一、僕は本を読まない。活字を追うのは参考書と携帯の画面上だけである。最後に本を読んだのは高校2年生のときに課外授業で志賀直哉の『大津順吉』を読んだ時であっただろうか。それも一冊読んだわけではなく、短編を一篇読んだだけだ。普段小説どころか本すらも読まない人間が小説を書こうとしても、何も浮かんでこないのは当たり前なのかもしれないな、と半ば諦めの念が押し寄せてくる。

ずっと悩んでいるのも疲れたので、窓の外を見てみると、夏にしては弱い、程よい強さの日差しが差し込んできた。その温かい日差しが僕の蟠りを消してくれる気がした。しかし今日の午後の天気予報は雨であり、温かい日差しが一時的であるように僕の楽観的な気持ちも一時的なものなのだろう。

あなたならこんな時どうするだろうか。散歩に出て気分転換、というのもいいかもしれない。外の日差しはとても優しく絶好の散歩日和だ。しかし僕は自分が散歩に出たら小説のことなど忘れて当分帰ってこないであろうことを知っている。昨日も一昨日も遊びに出かけて、小説が後回しになって今日に至るのだ。提出期限も迫っているし、今日こそは出かけてはならない。そう自分に言い聞かせて、心だけは窓の外を彷徨っているのである。

思えば七月も終わりにさしかかっているが、今まで夏らしいことは何ひとつしていないことを思い出す。サークル活動もやめてしまい、ガールフレンドもいないのでそういう機会がなかったのである。「なかった」というより、これからの夏の予定を見てもありそうもない。この小説を書き終えてもあまり楽しいことは待っていなさそうである。そう考えると、意識せずとも胸の蟠りがため息となって出てきてしまう。

部屋の壁にかかっている時計を見ると、短針も長針も12の数字を指していた。なにもせず半日が終わったことに気がつくと、焦りの感情が芽生えてくる。僕は寝転んでいた体を起こし、重い腰を上げPCの電源を入れた。そのままワードのソフトを立ち上げるも、書く内容は相変わらず思い浮かばない。考えても考えてもなにも思いつかないので僕は考えるのをやめることにし、「ある夏の日、僕は途方に暮れていた。」そうタイプして小説を書き出した。

fin

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カバーイラストを描いてくれたエノシマナオミさんのインスタグラムはこちらから。


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