父親と激論!

父親がビールを飲んで説教をしてきたので、言い返した。私には覚悟が足りないらしい。それ自体に反論は無いが、私は父親にも覚悟が足りないように思える。
私は父と喋ると、自分自身が子供を持つことは無いだろうなと思う。私が私自身の思っている、「父親」という役割をできるはずもないと思っているからである。
私の受け止め方であるが、父は多分20歳も超えて子供にお金を払うのが嫌なのだろうなと思う。でも嫌だけど、今は大学に通えばお金を子供に払うのが普通であるからそのようにしているのだろうなと思う。払うと言っても私は特別甘やかされては居ない。多分。奨学金から学費払っているし。ただ少なからず払っているから、俺の思いどおりになれという意識が少なからずあるのだと思う。
ただこれもそのようには言わないのでタチが悪い。
父は、お前らが生きていればいいと、口では言うけれど、私は今生きているけれど、実際文句を言われているのだ。少なくとも私はそう受け止める。すなわちそれは父が嘘をついているという証拠なのだ。私は死んでないのに文句を言うのだから。
だから結論として、私は私の様々なものを自分でこなすしかない。親から全く支援を受けず、いきていくしかない。私が親から支援を受けないという覚悟をすれば、自分の言っていることがおかしいことがわかると思うから。俺は頑張るしかない。はっきり言って、子供を支援するならば、見返りは期待してはならないと思うし、見返りを期待しなくてもいいくらい自分が満たされているべきだと思う。
私は私が満たされることは無いと思っているから、そういう意味で父親になれる時は来ないと思っている。私は覚悟のちょっぴり足りない父から生まれた、覚悟の大幅に足りない子供だからだ。私は覚悟を大きく認識するから。それがより覚悟を減らしているのだろうな。俺から言わせれば、覚悟なんてものは自己満足でしかない。覚悟しろと人に押し付けることもあれば、私は覚悟をしていると他人に押し付けることもあると思う。大事なのは人との間で同じくらいの覚悟を持って人と接することだ。私には覚悟がないのだろうか、うーん分からない。それぞれが自己を正当化させて、その先に覚悟を持とうとしている。父はしきりに覚悟だと言うけれど、私は父の言うところの覚悟は持っていない。でも、俺は俺の覚悟を持っている。でもそれは伝わらない。どうやっても伝わらない。これまでも色んなことが色んな人に伝わらなかった。どんどん心を閉ざした。たまに心を開けば、また理解されない。
周りか自分かがおかしいのだろうか、それともおかしくなくて、人間同士はわかった振りをし続けるのだろうか、本当につまらない。

またやること増えたわ、お金稼がなきゃな

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