【部活の思い出】陰キャ目線
※体育会系の方が読むとイライラすると思いますので、閲覧注意です。
中学の思い出です。私は女子バスケ部に入っていました。
入部の理由は、小学校の体育の授業や遊びでやっていたバスケがシンプルに楽しかったからです。
私の経験では中学生って、一番スクールカーストの影響を受ける時期だったのですが、みなさんの時はどうだったでしょうか。
当時の女バス内カーストは、大きく二層に別れており、カースト上位層(以下:陽キャ)、そして中間・下位層(以下:陰キャ)という構成でした。
まあ陽キャたちはみなさんが想像するような陽キャです。プリクラを缶とかプラスチックの筆箱に貼りまくってて、目立ちたがりのキャーキャー言ってる系女子です。
陽キャたちは、当時の私からみても精神年齢が低く、スクールカースト上位にいる自分たちが偉いと思っているような悪目立ちしたがりな集団でした。
部活中の態度にもそれは現れており、練習や試合で陰キャがミスるとすぐ舌打ちするし、こっちに聞こえるように文句言うし。笑
内輪で仲良くしてればいいのに、なぜか内輪でも勢力争い?というか揉めてて、毎週誰かが仲間外れにされているみたいな集団でした。
そんな陽キャを尻目に、我ら陰キャたちは団結していました!
『陽キャたち嫌いやしだるいけど、あいつらのために部活辞めるのは癪よな。引退目指して頑張ろうぜ!』というマインド。
目指せ県大会!とかではなく、目標は引退!でした。なんと不誠実、、。
本気でバスケ強くなりたいと思ってる部員からしたらめちゃくちゃ嫌でしょうね。
ただ元々、バスケで上を目指したいとか強くなりたい!みたいな強い気持ちを持って入部してない陰キャたちなので、当時はこのマインドでした。
陽キャたちに陰キャの誰かが悪口言われたりいじめられても、仲間同士でカバーし、みんなで乗り切っていました。
他校との練習試合でも、AチームとBチームに別れて試合する時は、心からBチームになることを願い、
Aチームに行かされたときは地獄だったことを覚えています。
一番だるかったのは、県大会を1週間後に控えたころに、顧問に全然部として団結出来てないと言われ、言いたいことを言い合え的なミーティングをさせられた時です。
キャプテンの陽キャが、『なんで私ら(陽キャ)はこんなに勝つために頑張ってるのに、あんたら(陰キャ)はやらへんのよ!言いたいことあるなら言いや!泣』的なことをいわれ、1人ずつ言わされるという拷問を受けましたね。
陰キャ集団としては、はて、どの口が?って感じではあったんですけれども、一刻も早くこの無駄な時間を終えるために無難なこと言い、事なきを得ました。
帰り道は顧問と陽キャたちの悪口言いまくりました。笑 あのときは楽しかった!(性格悪い)
3年の夏の最後の大会は、試合毎に負けを祈りながら応援したりプレーしてましたが、陽キャの中にいた数人と後輩のミニバス経験者がスタメンだったので、県大会まで進んでしまい、確か県3位までいったと思います。
引退が決まったとき、陽キャたちは悔しくて泣いてました。
陰キャの我らは、もう嬉しくて嬉しくて泣きました。
『陽キャたちに負けず、3年間やりきったな!私らの勝ちやで!みんな辞めんと頑張ったよな!ほんまありがとう😭😭』
帰りはお互いに称え合いながら帰ったことを覚えています。笑
その後の個人的な引退後の集まりは全て行かなかったですが、私は部活を辞めずに最後まで続けて良かったと思ってます!辞めなかった自分を褒めたいです。
嫌いな人たちと上手くやる訓練がたくさん出来ましたし、精神的にも体力的にも強くなれました!
何より、逆境に負けず最後までやりきったという事実が、私を強くしてくれたと思います。
この記事をどのくらいの年齢の方が読んでくださってるのか分からないですが、部活やクラブチームを人間関係が原因で辞めるか悩んでる学生さんがもし見ていたなら、仲間が少なくても、1人でも仲間がいるなら、続けるのはありかもしれません。
もちろん、自分の精神状態と相談してね!
読んでくださってありがとうございました!
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