[禍話リライト]冷蔵庫の世界[燈魂百物語 第零夜]

幼稚園を卒業したら学区の関係で家から少し遠い小学校に通うことになってしまった。

自転車で一時間弱かけて着く小学校に顔見知りはいない。他の皆は顔見知りのようで、校門では多くの生徒たちが挨拶し合い、喜ばしくふざけ合っていた。

そんな中、僕にはただの一人も知り合いがいなかった。

朝礼を待つ間も一人ポツンと座って、忘れ物がないか確認するふりをしていたし、授業が始まっても誰かとヒソヒソ話をすることもなかった。友達を作ろうにも、同級生で顔見知りではないのが僕だけのようで何処か遠巻きに見られているような感覚を受けた。

僕はどうやらこの学校で一人ぼっちであるようだった。


次第に僕は具合が悪いと言っては保健室に入り浸るようになった。

保健室の先生は最初の頃は咎めていたが、もともとそういう場所でもあったのか、次第に僕の話を親身になって聞いてくれるようになった。彼女は具合の悪そうな顔色をしていて、華奢な体躯と併せて自分にとっては親しみを抱かせるには充分であった。

「先生もそういう時あったなぁ」

先生は僕の相談に笑いながら答えた。

「私も小学生の時に友達がいなかったのよ。あ、でも、飛んでる蝶さんとかグラウンドの隅にいたダンゴムシは友達だったかも」

僕が怪訝な顔をするのに気付かず、先生は楽しそうに続けた。

「それとね冷蔵庫の中にも、たくさんのお友達がいるの」

「私がえい、って念じながら開けると海の向こうの国の庭が広がっていて小っちゃい人たちが毎日お茶会を開いているの。向こうは何か知らない言葉で喋ってるから何言ってるかは分からないけど、私の言うことは伝わってるみたいなの。ずっと一人だった私には貴重なお友達だったのよ」

僕はなんだか微妙な気持ちになりながら、先生の話を聞いていた。

だって、僕の身の回りにそんなことを言う大人はいなかったし、蝶やダンゴムシや小人が友達というのはどう考えてもおかしかった。

すると、先生は私の様子のおかしさに気付いたのか、弁解するように笑いながら言った。

「やだなぁ。今はそんなことないよ。小学生の頃のことだから。むしろ、そんな私よりはマシだよ君は、って話だよ」

そんな風にして先生に悩みを話しながら、保健室に通っていた僕に転機が訪れた。

徐々に友達が出来てきたのだ。

何でも「ずっと話しかけたかった」らしく、ある日突然、集団で僕の机に押し掛けて話しかけてきたのだ。僕は戸惑ったが、嫌なことがあるはずがなく積極的に質問に答えたり、冗談を言ったりして、何とか友達を獲得することが出来た。

後で聞くと、当然のように保健室経由で先生からのテコ入れがあったらしい。保健室の先生にお礼を言わなくてはならないな、と思った。


しかし、小学校一年生は何かと忙しいものであった。

学校行事や委員の仕事も新しく増えたし、勉強は難しくなり、宿題も重くなった。もちろん遊ぶことも忘れてはならなかった。そうこうしているうちに保健室とそこにいた先生のことは頭の片隅からもいなくなってしまった。


学校に馴染めて保健室に行かなくなってから半年過ぎた頃、授業中に急に熱っぽくなった。

授業を担当している先生に保健室に行くように言われて、鼻をズビズビやらせながら保健室に入ると先生がいた。

先生は書き物か何かで忙しいようで、チラリとこちらを見て言った。

「ごめんなさい、今ちょっと手が離せないの。横になっててくれる?」

僕は多少気まずく思いながらも、いよいよ寒気がしてきたので頷きながらフラフラとベッドに倒れ込んだ。シーツの冷たさが体に染み渡るのを感じていたら、すぐに眠くなった。

しばらくしてふと目が覚める。

ベッドの周りには、先生が気を使ってくれたのかカーテンが閉められていて、窓から差す日の光が変な階段のような形を作っていた。まどろんでいると、先生が誰かと話している声がカーテン越しに聞こえた。

授業の先生が保健室に来て話しているのだろうかと、枕に頭を乗せながらカーテンの隙間を覗いてみた。

しかし、そこに授業の先生はおらず、ただ保健室の先生がいるだけだった。先生は目薬等をしまう冷蔵庫を開けて独り言を言っているようだった。

「半年ぶりくらいかな…それぐらいだよね…」

独り言というには妙な間が開く。相手の反応を待っているような、妙な間。

「私なんかつまらないこと言っちゃったかなぁ…そうだよね、仲直りできるよね…うん、その時に紹介してみるよ…」

先生は冷蔵庫を閉めたかと思うと、ズンズンとこちらに向かってきた。

僕は何故かすぐに毛布をかぶって寝たふりをした。

カーテンが開く。

僕は出来るだけ寝ているように息をした。

スーッ……スーッ……スーッ……

そうしているうちにまだ具合が悪かったのか本当に寝入ってしまった。


起きたときには先生はどこかに行ってしまっているようで居なかった。

僕は体調も気にせずにすぐに保健室を出て、教室に向かった。その日はなんとか授業を受けて、遊ぶ気も起きずに家に帰った。

それ以来、なるべく保健室には近づかないようにした。


※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「燈魂百物語 第零夜(1)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(06:45ごろから)

http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/337047722

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