[禍話リライト]野焼きの娘[禍話 第五夜]
母が亡くなってから10年も経ってしまった。
お盆の時期になったので、大分県fが丘にある実家に帰省した。父と近況を話してから、仏壇の前に正座する。
仏壇に飾られた写真の中で在りし日の母が静かに笑っている。
ロウソクを灯し、鈴を鳴らす。
りーーーーーーーーん………
部屋に鈴の音が溶けていく様を聴いているうちに、昔のことが思い出された。
母はとても厳しい人だった。
行儀が悪いと自分のことをぶったし、テストの点が悪いと烈火のごとく怒った。キンキンと頭に響く金切り声で怒鳴って暴れることさえあった。
今でこそ、自分のことを立派に育て上げようと必死だったのだなぁ、と思うが、当時は自分が嫌われていると思った。
漫画やテレビドラマで「子供に自分の夢をかなえさせようとする親」を見たこともあって、自分の親もその類だ、と思い込んでしまった。
大人になって、どうにもならない自分の心を整えようと「灰色」にならざるを得ない自分の至らなさを知った。当時の自分が早くそれに気づいていたら、母は救われていたのだろうか、と思ってしまう。
強く、手を合わせる。
どうしても忘れられない記憶が一つある。
小学生の頃に開かれた「野焼き」である。
それは実家からほど近い山のふもとで例年秋口に開かれていた。地元の住民にとっては慣れ親しんだ行事であり、皆でいらないものを持ち寄って、ごうごうと燃える大火の中に投げ入れる、というものであった。
今でこそゴミの法律かなんかに引っ掛かりそうな行事だったが、その迫力はすさまじいもので、私は毎年友達と連れ立って見物に行っていた。
その年の野焼きの炎はまた一段とすごかった。
大勢の大人が物品やら何やらを天高く燃える炎に投げ入れている。十数メートル離れて見物していても熱気が肌に伝わってきて、秋口だというのに微かに汗ばんでしまう。煙が風にたなびきながら辺り一面に広がって、私は友達と一緒にむせてしまった。
私と友達は例年のように興奮した。大人の間を縫うように走っては、一つ一つの火の山を見ては、近寄ってその熱さや迫力、煙たさを楽しんだ。
そうしていると、見覚えのない変な子がいるのに気付いた。
その子は女の子で、たった一人で、あちこちの火を回っては、何かを投げ込んで笑い転げているのである。
服装は白地に花柄のワンピースで、なんてことはない服装だった。しかし、学校で見かけたことはない。何というか垢ぬけた子で、平たく言えば、自分の好みだった。こんな子がいたら覚えている。明るい茶髪を肩ぐらいまで伸ばして、活発そうな雰囲気を漂わせたその子は、当時の私の心にどストライクだった。
私は勇気を出してその女の子に話しかけた。
遊び人だな~、などとからかう友達をかわし、その女の子に近づいた。これはきっと恋だ。少しでも仲良くなりたい、と思った。
彼女は野焼きの火に何かを投げ込んでは笑っている。大人たちは、それを黙認しているのか、特に何も言わない。
まずは話題を作ろう。何を投げ込んでいるんだろう?と思って、女の子の手元を見ると、
女の子は一匹のオケラをつまんでいた。
そして、それを火に投げ込んでは、甲高く笑う。
アッハッハッハッハッハ
笑い転げたかと思うと、ぱっとコオロギを捕まえて、また違う火に投げ込んで、笑い転げる。
キャッハッハッハッハッハ
僕は思わず顔を引きつらせながらも、女の子に話しかけた。
「な、何してるの?」
すると、女の子はグリンとこちらを見て、艶やかに笑った。それだけで何も言わない。
「それは……、それ楽しいの?」
すると女の子は、にっこりと笑って、ばっと何かを捕まえたかと思うと、こちらに手渡してきた。
バッタであった。
バッタはじたばたともがいて、彼女の手から抜け出そうとしている。
同じようにすればいいのか?
私はどうにも気になってしまって、バッタをつまんで火に投げ込んでみた。
キーーーーーーーーーー
バッタは火の中で金切り声をあげて暴れていたが、やがて真っ黒の炭になった。
当時の私はその様がどことなく滑稽で面白く感じてしまった。
それから、女の子と一緒になって、虫を捕まえては火に投げ込んで笑い転げ合った。
コオロギは投げ込まれて、ぶしゅっと何かの汁を拭き出して炭になった。
カマキリは、おなかから白いものが出たが、諸共に炭になった。
それはとても愉快なことのように感じてしまって、夢中になっていたらあっという間に夜になってしまった。大人たちは火を消していて、野焼きが終わる雰囲気になった。
女の子はパッと立ち上がると、こちらのことはチラリとも見ずにスキップしながら去っていってしまった。
私は残念な心持で女の子を見送っていると、遠巻きに見ていた友達が近づいてきた。
「お前大丈夫か…?なにやってたんだよ、あんなに楽しそうに」
まさか、虫を燃やしていた、などとは言えずに黙っていると、友達が続けた。
「それより、あの子おかしいよ。父ちゃんに聞いても何処の子だか分からないっていうし、それにあの子、山の方に向かっていったぜ。あっちに家なんかねぇよ。ダムとか公園があるだけだって……」
確かにおかしいな、と思った。でも、あの子との時間は確かに楽しかった。また会えるかな、と思いつつ、その日は帰った。
その翌日の夕方ごろに母が死んでいるのを見つけた。
学校から帰ってきて、いつも出迎えてくれる母がいないのを不思議に思って探していると、浴室で母が浴槽に上半身を突っ込んでいた。
私はなんとか一人で重くなった母を引き上げたが、時はすでに遅かった。
呆然自失のまま、警察に電話をして、……そこからは記憶がない。
検死の結果、母は自殺であるとのことだった。
日々の心労が祟ったのだろう、何で気付いてあげられなかったのか、と父は大層嘆いたが、私は違った。
きっと関係はないのだ。
強く祈る。母の冥福と併せて、ただ祈る。
あのバッタが火の中でもがく様子を母と重ねていたことは、絶対に関係がない。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第五夜(2)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(24:30ごろから)
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