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[禍話リライト]ザクザクのお祓い[禍話 第三夜]

私は辺り一面雪景色の中に一人ぽつんと立っていた。

ザクザク、と雪を踏みしだきながら歩くと、掘っ立て小屋が寄り集まった昔の村のような場所についた。

私は勝手知ったかのように村の中央に訪れる。

そこでは、白装束を着た全身ぐちゃぐちゃの女の人が、村人たちに農具で耕されるようにリンチされていた。

女の人は声一つ出さずに、ただただ耐えているようで、目を固くつむって、手足に力を入れていた。

その女は生きているのが不思議な状態だった。

女が来ている白装束は、すでにずたずたに切り裂かれていて、顔も胸も腹も足も無惨に肉が掘られて、体の前面にはいくつもの穴が出来ていた。その穴からは黄色と緑と赤の中間のような色をした膿がこんこんと湧き出ていた。

村人たちは明らかに乗り気ではないような表情で、クワやらキネやらスキやらの農具で女の人を刻んで、膿を掻き出している。村人の顔にはただただ困惑や恐れが現れていて、憎しみや悪意のようなものは感じられなかった。

「これでお祓いになるんかのぉー……」

村人たちは不安そうに呟きながら、作業のようにザクザクと女の人を刻み続ける。

雪はしんしんと降り続け、積もった先から膿の色に染まる。

女の人は農具が振り下ろされるたびに、耐えるように震える。

私はただただそれを見続ける。


私は最悪な気分で毛布を体からどけた。

また、あの夢だ。

おもわず毒づく。

実家から都会の大学まではあまり遠くなくて、しばらく実家通いで自由のなさに難儀していた。やっと親元から抜け出せて一人暮らしが出来た嬉しさから気が抜けてしまっていた。

幼稚園の頃から見始めたあの夢は、私の気が抜けていると、一か月に一回ほどのペースでカットインするように私の頭に割り込んでくる。初めて見たころには夢を見るたびに泣き叫んでしまって、学校にも行けないほど大変だった。

しかも、夢は進行していた。どうやら、夢を見るごとに時間が進んでいくようだった。今回は初めて村人が喋った。しかも、あのリンチより残虐な行為が「お祓い」だという。

すさまじく嫌な気持ちになった。

いよいよ、レーノーシャとかに相談すべきだろうか。

ベッドから抜け出て、洗面台に行き冷水で顔を洗う。

ついでに水を飲む。のどがカラカラだった。

時刻は早朝。今日は朝から旅行先で遊ぶために夜にサークルの集まりで旅行に行くだけだから、あまりに早い。

最悪だ。

仕方がないので、ゲームやら動画視聴やら課題やらをやって時間をつぶした。


夜になって、下宿先前まで先輩方が車で迎えにきてくれた。

「よぉ、お疲れぃ。さぁ乗った乗った」

「お邪魔しまーす」

などと、わいわいしながら出発する。

毎回どこ行くか言わないで出発しちゃうんだからー、あれ言ってなかったっけ?ここだよ、ここ、何とか平野。なんて地図を指さしたり、買っていたスナック菓子をかじったり、なんでもない話をして過ごした。

先輩は道すがら今日行くところについて話してくれた。

今日行くところはさ、ちょっと真面目な趣もあって決めたんだよ。

俺の研究室、民俗学系だろ?今日行くところはその取材も兼ねてるんだよ。そこは豪雪地帯で、昔は冬になると人の行き来が一切できなくなるところで、その影響もあってか、かなり閉鎖的なとこだったらしいんだ。それで独自の宗教的な文化が形成されたような村の資料とかが残ってるから卒論資料として集めようかなと思ってさ。

え?いやいや、今はちゃんと発展してて、歴史もあるし、食べ物もおいしいって有名だよ。そんなに寂しいところじゃないよ。朝には着いて、良い旅館で休んでから、楽しく過ごそうぜ。

目的地までは、運転免許を持ってる人が持ち回りで運転をすることになっていた。私はまだ運転免許を持っていないので、先輩方が担当してくださる。ありがたい限りだった。しかも、寝てていーよ、なんて言ってくださった。

今日は嫌な夢のせいで、早朝に起きてしまって丁度眠かった。暗い山道の風景と車の走行音が存外に心地よくて、すぐに寝てしまった。


私は雪山の村に立っていた。目の前では村人によって女がぐちゃぐちゃに刻まれていた。

ぐちゃ

ぐちょ

え?またあの夢?

ペースが速すぎる。一か月に一回程度だったのに……!

混乱している私をよそに、村人たちは話しながら作業を続けた。

「これでお祓いになるんかのぉー……」

「大体、こいつがお祓いされるなんておかしい。大方ドジでも踏んで自分が祟られたんじゃろ。良い迷惑じゃ」

「これ、滅多なことを言うな。あのお方に聞かれたらコトじゃ。黙って刻めぇい…」

村人たちは迷惑そうに、また何かを恐れているように、気味の悪い会話しながら農具を振り下ろす。

私は顔をしかめることも出来ずに突っ立っていた。

女の体からはコンコンと膿がわき続けている。

ザクザク

ぐちゃぐちょ

しばらく見ていても、いつもなら夢が覚めるタイミングで夢が覚めない。

私は焦った。

やがて、膿が雪の上を広がりだし、私の足元まで来そうになった。

いやだ、いやだ、覚めて、覚めて。

足の裏にねっちょりとした膿の粘度が感じられた。


私は汗だくで目が覚めた。

なんでこんなにハイペースで夢を見るんだろう。

気味が悪く思いながらも、せっかくの旅行だし、となんとか気を取り直した。

先輩はまだ運転していた。窓の外は山道で雑木林が見えた。

先輩はどうやらエナジードリンクをキメているようで、めちゃくちゃハイになりながら喋っていた。目なんかガンギマリに見開かれていて、これは実際ヤバイということになって、山道途中の自動販売機が見えた辺りで休憩することになった。

外に出て伸びをすると、夜空が目に入った。

山の景色だけあって、スゴかった。人工光がなくなり、普段は見えないような淡い光の星までくっきりと見えて、夜空一面に大小の光が輝いていた。

皆は感動して星を見に行ったが、私はそれどころではなかった。

先ほどの夢できちんと寝られなかった。明日から遊ぶために体力を回復しとかなくては、と思い、今度はきちんと気を付けながら車内で眠りについた。


私はさっきまで走っていた夜の山道の中央に裸足で立っていた。

え?また夢?と思いながら、でもあの寒村の夢ではなくてよかったなと思う。

突っ立っていても仕方がないので、歩き始める。

季節は冬のようで、道路はところどころ凍結しており、肌寒かった。

とぼとぼ歩いていると、後ろの方から何かが聞こえた。

何だろうと思って振り返ると、誰かが何かを大声で叫びながら走ってくるようだった。

しかし、夜なので良く見えない。

どうやら、白い服を着た誰かがこちらに向かって必死に走ってくるようだった。

しばらく目を凝らしていると、背筋が凍った。

全身がぐちゃぐちゃになった、白装束の女が何かを叫んではダバダバと必死に走っていた。

女は穴だらけの手足を懸命に動かしながらも、凍った道路に滑っては倒れて起き上がって、時には四つん這いでこちらに向かってきていた。

私は一瞬呆然としたが、すぐに踵を返して逃げた。

しかし、道路は凍っていて足の裏は痛いし、滑るしで、地面のグリップを得られずうまく走れない。

息を切らしながら後ろを振り返ると、女は先ほどより近くに迫っている。

女は犬のような笑顔で、滑ったりしながらも、すごい勢いで手足を動かして走っている。

何かを叫んでいるようだが、女の口が潰れてしまっているのでうまく言葉になっていない。

私は懸命に逃げるが、女との距離は徐々に縮まり、膿の酸っぱいにおいが感じられるほどになる。

その頃には冷たさどころではなくて、死にものぐるいで走っていた。

しかし、振り切れなかった。

アキレス腱にねっちょりとした感覚がかすった。

ひじに生暖かい感触がこびりつく。

もう嫌だ。自分ばっかり何でこんな夢をみるの?

泣きながら走ったが、ついに穴だらけの腕に抱きしめられた。

捕まった、と思った。

背中に膿が染みる感覚がした。

耳元で女が何かを言っている。私は半狂乱になりながら暴れた。

女はまるで、うがいをするかのように、自分に向かって何事かを繰り返し言っていたが、最後まで内容は分からなかった。


私は絶叫しながら跳び起きた。

一体なんだあの夢は!?

寒村ではなかったのに、あの女が出てきた!?

夢だ夢だ、ただの夢だ、と自分に言い聞かせて無理矢理落ち着く。

しかし、夢の女の体温や膿の感触までは消えてくれなかった。

あの女の様子が思い出される。

今思い返してみると、あの女は私に何かを伝えたかったように思えた。

しかし、何を?

自分には昔から霊感なんてなかったし、あんな女なんて知らない。


とりとめもなく考えていると、皆があわただしく帰ってきたのが車の窓越しに見えた、と思ったら、すごい勢いで車に乗り込んできた。

先輩方は、出せ出せ出せ、などと非常に慌てた様子で車を急発進させた。

どうしたんだと聞くと、先輩の一人が興奮した様子で言った。

皆で星見ながら、綺麗だねー、なんて言いながら写真撮ってたらさ、雑木林の方から妙な声が聞こえてさ。

それで何だろうと思って林の方をみたら、何か白い服を着た人が走ってきて何か叫んでるんだよ。

気味が悪いなと思って見てたら、原形をとどめてないぐちゃぐちゃの人型のものが走ってきてた。

俺たちはもう怖くて逃げだしたんだけど、そいつの言うことははっきり聞こえた。

そいつは走りながら叫んでた。

「や゛りま゛じだーー!!お゛祓いは終わりま゛した――!!」


私はゾッとした。あの女だと思った。

皆は、怖い怖いとか、洒落怖とか実話怪談に投稿すればいい反響あるぞー、なんて言っていたが、私は体の震えが止まらなかった。

お祓いが終わってしまって、もう夢は見なくなるのだろうか?

それとも………

悪い妄想は私の頭の中でずっと渦巻き続けた。


※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第三夜(3)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(04:40ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/304920182

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