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[禍話リライト]わたあめ[禍話 第四夜]
俺はお盆の夏休みを利用して趣味の旅行に来ていた。
御年五十だが、妻も子供もいない気ままな独身生活なんて、金も時間も有り余っている。
最近では暇に任せて、適当な路線の適当な電車に乗って、適当な駅近くで一番に目に入った宿に泊まるのがマイブームだった。
独身貴族の優雅な遊びってやつだな。
漫然と電車に乗ってたら、腹も減ってきたし、日も暮れ始めていい時間になってきた。ここらでいっちょ降りてみよう。
降りると大分県のある駅だった。駅を出てすぐ山が目の前にあって、ずいぶんな田舎まできてしまった。家は同じ九州とはいえ、県をまたいでしまったか。まぁでも、それもまた一興。適当に宿を探そう。
山肌沿いをちょっと歩くと、民宿となのか民家なのか分からない宿が見つかった。看板は確かに出ている。しかし、店の表は枯れかけた観葉植物だか生活用品だかが置いてあって、営業する気あるのか……、と言った感じだった。
うーん、10点中2点。
ガラガラと扉を開けて中に入った。
「すいませーん」
声をかけてしばらくすると、わらわらと人が出てきた。
「お客さんですかー、ようこそいらっしゃいましたー」
私は出てきた人たちを見て、笑いそうになった。
だって、皆同じような顔をしている。女将も女中も番頭も、まるでコピーアンドペーストだった。
面白さは10点中8点ぐらいだな。
チェックインがてら世間話をしていると、全然人が来ないので、一番広い部屋を格安で貸してくれるという。サービスいいじゃないか。まぁ、この辺には観光名所もないし、あちらさんも必死なんだろう。荷物を持たせて、そのまま部屋に案内させる。
「ごゆっくりー」
部屋に入って見回るが、部屋はいろいろと酷かった。
10畳ぐらいのなかなか広い和室の中央に木の長机がおかれていて、部屋で食事が食べられるようだった。しかし、掃除が全く行き届いていない。隅っこの畳はカビが生えてるのか、黒ずんでいる。天井にはクモの巣があるし。これはサービス点大幅見直しだな。
しばらく、部屋を見回っていたら、襖がトントンと叩かれた。
「お料理お持ちしましたー」
女中が料理を盛ってきて配膳してくれた。献立はいたって普通の家庭料理と言った感じ。ふむ、まぁこんなものだろう。
食事中に女中と世間話をしていると、この部屋の話になった。部屋の掃除がなってないことをそれとなく言った。
「ごめんなさいねぇー、あんまり掃除できてないなぁ、って思ったでしょう。最近、みんな腰悪くてねぇ。でもまぁ、うちでは一番いい部屋ですよ」
今度から気を付けたほうがいいぞ、と言っておく。しかし、仕事としてそれはどうなんだ?
女中さんとしばらく話ていたら、食べ終わったので食器を下げてもらう。その女中は去り際に妙なことを言った。
「そうそう。押し入れの上の段だけは絶対開けないで下さいねー」
ふむ、と押し入れの上を見る。布団を入れてあるような押し入れの、その上の小さい襖。大方、物置とかになってるんだろう。
風呂に行くと、何の変哲もなかった。風呂から見える庭も普通。待合室も取り立てて言うことはなかった。ただ、冷えた牛乳が受付で買えたのは良かった。
風呂から戻ったら酒盛りが俺の日課だ。
部屋に敷かれていた布団にどんと居座り、酒を煽る。冷えた布団のさらさらした感触が湯上りの体に心地よかった。
ごくごくと飲み、徐々にぼんやりして気持ちよくなってくると、例の上の押し入れが気になった。
絶対開けないでください、などと、何様なんだ。中を見て、しっかり批評してやる。
下段の押し入れを開けて、布団が置いてあったであろう段に足をかける。ふんっ、と体を持ち上げる。左手で縁に捕まったまま、上段の押し入れを開けた。
中は、くもの巣がびっしりと詰まっていた。
眉を顰める。汚いな、掃除はどうなってるんだ。腰が痛いとか言ってる場合じゃないぞ。と思っていると、押し入れの奥の方で何やら反射して光っている。
酔ってぼうっとした頭で、何だあれは、と思う。ジーっと見ていると、それが何だか分かった。
それは誰かの眼だった。
すぐに閉めた。布団の上に戻って動悸を抑えていると、すぐに馬鹿馬鹿しくなった。
酔い過ぎて、変な幻覚まで見えてしまった。
もう寝てしまおう、と思って、お茶を沸かして飲む。すぐに眠くなって、電気を消した。布団に横になる。
酔った頭は余計なことを考える。今日の自分はどうだっただろうか。
女中には横柄な態度を取ってしまっていた。宿に対しても、一々評価などしていて失礼ではなかっただろうか。
俺には適当に優位感を得ることが必要だった。会社の同期は、皆結婚しては、より良い職場を見つけに転職していった。私は何もせずに同じ場所でくすぶっている。最近では、用事がなければだれも話しかけてこなくなった。どこか間違えたのかなぁ、いつから間違えたのかなぁ、そんなことを思いながらじわじわと意識が遠くなった。
俺は、あ、夢だな、と思った。
さっきまで寂れた民宿に泊まっていたのに、縁日が開かれている夕方の神社に一人、着の身着のまま立っていたからだ。
周りは沢山の人だかりだった。家族らしき子供連れ。あの一団は学校の友人同士だろうか。女の子は浴衣を着ては褒め合っていた。彼らは綿あめを食べたり、りんご飴をかじったりしていた。不思議なことに、皆が狐のお面をどこかしらに身につけていた。
俺は少年の頃に行った縁日を嫌が応にも思い出した。
あの頃は親も生きていて、連れて行ってもらった。割高のたこ焼き、焼きそばを無理を言って買ってもらって、でもあんまりおいしくなかったりした。
ふと涙があふれて、手で拭った。
そうだな、夢から覚めたら親父お袋の墓参りでも行こうか。
そう思っていると、綿あめの屋台が目に入った。
懐かしい。
家族で一緒に買ったっけ。
狐のお面しか売っていない屋台の前を通り過ぎる。
綿あめの屋台では、提灯の灯りに照らされながら、綿あめ調理器で綿あめが回っていた。
「綿あめ一つください」
「5銭」
屋台の男はぶっきらぼうに言われた。五銭って……と思いながら、懐に手をやって、適当な硬貨を払った。男は綿あめをくれた。
もさっと一口。
旨い。ぜんぜん食べれる。
昔は余裕で食べれると思っていたのに、思いのほか量があって食べられなかったりしたが、その綿あめは異様に美味くて、両手に一抱えもある綿あめをぺろりと平らげてしまっていた。
まだまだ、食べれる。
私はもう一個頼んだ。
もっしゃもっしゃ、食べる。うまいうまい。
もう一個。
もっしゃもっしゃ。
三つ目の綿あめを食べているところで、当たりが真っ暗になっているのに気付いた。
さっきまで夕暮れだったが、明らかに早すぎた。
どうしたんだろうと、思って周りを見渡しても真っ暗でよくわからない。
と思っていると、口が甘さを感じていないのに気付いた。
おかしいな、と思った瞬間。私は自分の状況に気付いた。
私は、押し入れを登っていた。
上った先、上段の押し入れでくもの巣を食べていた。
吐き気がした。押し入れを飛び降りる。必死に口からくもの巣を掻き出す。
うがい、うがいがしたい、電気をつけないと、と、がさがさやっていると。
出口の方から女中の声がした。
「すいませんお客様」
感情のないような低い声だった。
「開けましたか?」
私はかろうじて声を出した。
「開けてません」
「開けましたか?」
間髪入れずに聞いてくる。語気が強まった。
「……開けてません」
「そうですか」
女中の声はそれきり聞こえなかった。
私は一睡もせずに夜を過ごし、挨拶もそこそこに始発で帰った。
私はそれきり、突発旅行の趣味をやめた。
行ったら、絶対に口の中にねばねばとしたくもの巣の感触が蘇る気がした。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第四夜(2)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(13:50ごろから)
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