[禍話リライト]公園の集団[禍話 第六夜]
「町内会長……、いい加減あの件何とかなりませんか?」
朝早く開かれた定例の町内会議は、中年の主婦の非難まがいの口調から始まった。
「あぁ、あの件はもう警察に連絡していまして。見回りして頂けるとのことでしたので、こちらで出来ることは全て…」
「前回もそう言って!!町内会の役割、馬鹿にしてるんですか?!」
「いえ、そんなことは……」
あはは、と愛想笑いをする。ヒステリックに騒ぐ主婦を周りにとりなしてもらいながら、例の件に関して現状確認をすることになった。
例の件とは町内の小さな公園で行われるようになった迷惑行為のことである。
深夜11時ごろになると、どこからか公園に人が集まってきて、一斉に手拍子を叩く。ぞろぞろと老若男女が夜な夜な集まるのだが、誰もその顔に見覚えがない。
窓からその様子を覗いていたというAさんが、その様子を会議で委員に報告している。
「あのせっまい公園の地面に円座になって座るんですよ。それで、こう、手を交差させて」
そういってAさんは、手の平ではなく手の甲同士を打ち合わせた。
バン、バンバンバン
バン、バンバンバン
「これがねぇ、始まったころはテンでバラバラなんですけど、次第にぴったり合ってきて、その時のうるさいのなんの……、うち公園スゴイ近いんで、最近よく寝れないんですよ」
あらー、それは大変ねぇ、かわいそうにねぇ、などと口々に言いながら、チラチラとこちらを見てくる。
「先代までの町内会長さんだったら、こういうとき頼りになったんですけどねぇ」
「そうそう!俺に任せておけ!なんてね」
町内会の委員の面々は勝手に盛り上がっている。町内会長の役回りが回ってきて数年たつが、未だにこの雰囲気には慣れない。自分が元々この土地の人間ではないから差別されてるのだろうか、と思いつつも仕方なく頬を上げる。
「いやぁ、頼りにならなくてすいません。ハハハ……」
私の煮え切らない態度に腹が立ったのか、いつも小言を言ってくる主婦が勝手なことを言い出した。
「そうだわ!町内会長さんが現場を取り押さえてくださいよ。私たちが文句言ってやろうにも怖くって…」
「は?」
私が唖然としているうちに、話が勝手に進みだす。
「いい考えだ。Aさんが気付いたら会長さんに連絡してもらえればいいのではないか?」
「いいですけど、一回文句言ってやろうと思って行っても、逃げられちゃうんですよね。会長さんに実況中継みたいな形で、電話しながら来てもらいますか?私が見張るみたいな形で」
「おぉ、それはいい考えだな!」
「ちょ、ちょっと、まだ行くとも何も……」
「え、行ってくださらないんですか?行ってくだされば、私たちとっても助かるんですけどねぇ」
町内会委員全員の視線が突き刺さった私に選択肢はなかった。
その集団は連日現れるということだったので、翌日の仕事を休んで、件の公園にほど近い公民館で泊まり込みの対応をすることになり、普段茶道などに使う和室で座布団を敷いて寝転がる。
しかし、本当にそんな集団いるのだろうか?
実はそんな集団はいなくて、私への嫌がらせではないのか?
いずれにしろ、ここまで融通を聴かせたのだから、私が直接対応するのはこれで最後にして、あとは警察なりに任せてもらおう。そんなことを考えていると、眠くなってきた。
ピリリリリ
ピリリリリ
携帯の音だ。
慌てて通話に出る。Aさんが慌てた様子だった。
「来ました来ました!今居ますよ!」
まさか本当に出るとは。聞こえないように悪態をついて、通話をつなげたまま公園に急ぐ。
公園までは歩いて五分ほどの距離だったので、ほとんど時間を置かずにすぐに着いた。しかし、街灯に照らされた夜の公園の敷地内には誰もいなかった。
もうウンザリしてしまって、思わずため息が出た。
「あの…、何も誰もいないんですけど」
「いやいや、居ますよ!!ほら、目の前で座ってて叩いてますよ!!」
「だから!誰も何にもいませんよ!!ほら!ほら!」
窓で見ているであろう彼に見えるように腕を振り回す。腕は宙を切るばかり。何かに触れることは決してない。
「当たってますって!!急に何してるんですか!?」
まだとぼけるつもりなのか、こいつらは。畜生、畜生。叫びながら、腕を振り回していると、公園脇の道路から半ば乗り上げるようにして見慣れない白いバンが止まっているのに気付いた。
いぶかしげに思った。こんなところにバンがあるはずがない。まさか、本当に誰か来ていたのか?でも、今は誰もいないし…。
とりあえず調べてやろうと思ってバンに乗り込んだ。
耳元でAさんの声がやかましい。
「何してるんですか!ヤバいですって、音大きくなりましたよ!!さっきより近いですよ!!」
いいかげんにしろよ、とにかくこれを不審者の証拠にして警察に来てもらえれば満足だろう。
バンは八人乗りを想定した作りで、多少古いように感じた。足元のシートには土が入り込んでいて少し汚い。誰かに使われているような痕跡があるものの、後部座席にも運転席にも人はいなかった。もちろん、手拍子も聞こえるわけがない。
それにもかかわらず、Aさんは未だに電話越しに騒いでいた。中にいる、音がするというAさんに適当に相槌をうちつつ、話を切り上げた。
「中、誰もいませんでしたけど、一応朝になったら警察呼ぶということで……」
そう言ってバンを降りようとしたとき、さっきまでうるさかったAさんが急にふっつりと押し黙った。いや、よく聞いたら、Aさんは小声でブツブツ何か言っている。
「手の甲同士を打ち合わせるのは、裏拍手と言って死人しかできない拍手、手の甲同士を打ち合わせるのは、裏拍手と言って死人しかできない拍手、手の甲同士を打ち合わせるのは、裏拍手と言って死人しかできない拍手、手の甲同士を打ち合わせるのは、裏拍手と言って死人しかできない拍手、手の甲同士を打ち合わせるのは、裏拍手と言って死人しかできない拍手、手の甲同士を打ち合わせるのは、裏拍手と言って死人しかできない拍手、手の甲同士を打ち合わせるのは、裏拍手と言って死人しかできない拍手……」
一瞬、鳥肌が立ったが、次第に怒りがわいてくる。
「おい、そこまでするのかよ!!気持ちわる……」
そう言いかけた瞬間、私の背後、開いたままのドアから大きな音が響いた。
バン、バンバンバン
まるで、複数人で合わせているような手拍子のように聞こえた。
その場からすぐに逃げた。公民館近くまで来てから腹が立って、電話に怒鳴った。
「変なこと言わないでください!!裏拍手がどうとかって!!」
「え?裏拍手?なんですかそれ、言ってませんよ」
「は?!」
彼から言わせれば、私がバンに乗り込んでから、バンから出るようにずっと言っていて、しばらく返答がないと思ったら、急に私が叫びながら車から飛び出てきたという。裏拍手なるものについては、いくら聞き出しても知らないと言っていた。
私の様子があまりにも酷かったせいか、Aさんが家から出てきて様子を見に来てくれたので、二人でバンを見に行った。公園の街灯に照らされたバンを二人で見ていると、Aさんが何かに気付いた。
「これ、これ走れないですよ……」
白いバンのタイヤは空気が抜けて、ぺしゃんこに潰れていた。
私とAさんはすぐに帰った。
翌日、警察に再度通報してから、レッカー車でバンを撤去してもらった。それから裏拍手についてインターネットで調べたAさんの強い勧めもあり、回覧板で裏拍手をしないように呼び掛けることになった。
それからは公園に裏拍手をする集団が現れたという話は聞かない。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第六夜(1)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(20:00ごろから)
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