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[禍話リライト]夢の中の人形[禍話 第六夜]

いつもと変わらない家族と囲む食卓で、俺は無性にイライラしていた。

部活の苦労話をさえずる妹。苦笑いしながら相槌を打っている父。テーブルに並べられている母が得意だという麻婆豆腐。調理器具を洗っている母。

いつも聞いているはずの家族の声や生活音がうるさすぎて頭がどうにかなりそうだった。このままここに居たら怒鳴ってしまうか、暴力をふるってしまうに違いない。手早く料理を済ませてさっさと部屋に帰って宿題でもしよう。必死に飯をかき込んでいると父が口を開いた。

「そういえば、お前の方はどうだ?勉強とか何か困ってることはないか?」

「……ないけど」

「来年は大学受験だろう?しっかり勉強やってるのか?」

「……やってるよっ」

父が気遣ってくるのが腹立たしくて仕方がない。自分は信用されていないのだろうか?自分だって将来のことを考えて毎日勉強にいそしんでいる。そのことは家族の中では周知の事実のはずなのに、その努力が足りないと思われている?こいつ俺のこと子供扱いしてる?

普段なら絶対そんなことは思わないが、思考があふれて止められなかった。もう限界だ、具合が悪いと言って部屋に下がろう。席を立とうとしたら、母が肩に手を置いてきて押し止められた。

「ちょっと!お父さんはあなたのこと心配して言ってるのよ!ちゃんと答えてあげなきゃ…」

「うるっさいなぁ!!!」

苛立ちのままに椅子から立ち上がりながら母の手を振り払った。感情を吐露できる解放感と罪悪感が思考に帯びる。

「何?!俺のことそんなに信用できないの?!ちゃんと勉強もして!!家事も手伝っていろいろ頑張ってるのにこれ以上何やればいいの?!!」

「ちょっとお兄ちゃん落ち着いて…」

机の上のコップをひっつかんで床にたたきつけた。全員がビクッと肩を震わせて、唖然とした顔をしていた。手が興奮のあまりにブルブルしている。俺は咆えた。

「落ち着いてるよ!!偉そうにしやがって!!そんなんだからこの家族嫌なんだよ!!お前ら最低だよ!!」

肩で息をしていると、家族全員が信じられないようなものを見る目で俺を見ていた。母は泣きそうになっており、妹がそれを慰めていた。まるで俺だけが悪者にされているようだった。

「何だよ!!俺じゃなくてお前らだろ悪いのは!!ふざけやがって!!」

顔も会わせたくない。すぐにリビングを出た。くそが、くそが、などとブツブツ言いながら二階の自室に入って、ドアを思いっきり閉めた。

それでもイライラは収まらなかった。枕を床にたたきつける。机上の勉強道具をひっくり返す。階下からは母の泣き声が微かに聞こえる。

フ―ッ、フーッと肩で息をしていると、どこからか視線を感じた。

扉は閉まっているし、窓を見ても誰もいない。ふと本棚を見あげる。すると、本棚の上に座るようにして西洋人形がこちらを見ていた。青色の瞳で不思議そうな表情をしている。青いドレス。金髪。

なんだこれ、こんなものなかったような……

西洋人形を見ていると、意識がうっすらとなって何処か遠くに行ったような感じがした。

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「っていう感じの夢見てさ。家族にそんな態度とったことなかったし、超ショックだったよ」

「嫌な感じの夢だね。もしかして、ストレスでも溜まってるんじゃない?」

自分が高校生に戻っていて家族に対して当たり散らしている夢を見た後、夜中に汗だくで起きた俺を心配して、同棲している共働きの恋人が慰めてくれた。流石に人形の部分は意味が分からなかったので端折ったが、彼女に見た夢を話しているうちに高ぶっていた神経が落ち着くのを感じた。

「いや結構落ち着いたわ。ホントありがとう。せっかく寝てたのに」

「いいのよ。困ったときはお互い様だって言うでしょ?」

にひひ、と得意げに笑う彼女は付き合いだした当初と変わらない天真爛漫な様子で、心底付き合ってよかったと思う次第であった。心の中で深く感謝していると、彼女が懐かしそうに話をしだした。

「そういえば、私もそんな感じの夢見たことあったかも」

2,3年前のことだという。

彼女は大学生のとき、気が向いたときに出るくらいの飲みサーに所属していた。皆で楽しくお酒を飲んでいく方針のサークルで弱い人に飲酒を強要することもなかったので、気に入って出入りしていた。

夢の中でも皆で楽しく飲んでいたのだが、その日は無性にイライラしてしまっていた。皆に気を使われているのが分かるが、どうにも虫の居所が悪い。これだけ飲んだら、さっさと帰ってしまおう。そのように思っていると、コソコソと当時仲良くしていたサークル部員がおごりだと言って、酒瓶を渡してきた。

その瓶を開けるなり、小気味良い音とともに酒が溢れ出した。早い話が酒瓶をしこたま振るなりして栓を開けたら炭酸が飛びでる、というようなドッキリをされたのである。

その際に酒が服に一、二滴くらい付いてしまい、苛立ちのままに場を台無しにするくらい取り乱してしまったらしい。普段の自分では絶対に言わない言葉でサークルのメンバーを罵倒してしまい、申し訳ないやら腹立たしいやらで、たまらずに宴会場を飛び出した。そんな夢を見てしまった、という。

「二人して似たような夢を見るなんて、不思議なこともあるもんだなぁ」

彼女はどこか罪悪感を抱えたように笑っていた。

「本当にね。でも、だからね、あなたの気持ちもわかるよ。大丈夫。あなたは家族のことが本当に大好きよ。私が昔の飲み仲間が大好きなようにね。安心できたら、今日は寝ましょ?」

連れだって寝室に向かう。ベッドの中で体温を一つにして寝ると、自分への不信が溶けていくようで心地よかった。

ウトウトしかけた頃に、彼女が独り言のような様子で囁きかけてくるのが聞こえた。

「そういえば一つ不思議なことがあるの。皆に理不尽に怒ってしまったあと、下宿先に帰ったのね?プンプン怒りながら。そうしたら買った覚えのない西洋人形がリビングにあったの。そんなものなかったはずだけどね」

「…それって、手に抱えるくらいの大きさ?」

「ううん。デパートの子供服売り場のマネキンぐらい?金髪で青い瞳の綺麗な女の子で、青いドレスきてたよ。私、そんな趣味ないのに。これも変だなと思わない?」

「…そうだね。確かに変だ」

彼女には西洋人形の話はしていないはず。それにもかかわらず、彼女の夢には大きさは違えど西洋人形が出てきたという。

違和感はあったものの睡魔には勝てずにそのまま寝入ってしまった。

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夢を見てから2,3日たって仕事が休みの日。彼女は友達と用事があるというので出かけてしまって、無性に暇だった。

何をしようかな、とネットサーフィンをしていると西洋人形の広告が目に入った。

ふと夢に出てきた西洋人形が気になった。ひょっとして、実在の呪いの人形が何か悪さをしていたり……。ゾッとしない話だが、幸い実在する呪いの西洋人形の写真は身に覚えのあるものではなかった。

ダラダラと調べ続けるうちに、検索に引っ掛かったオカルト掲示板サイトが気になった。カーソルを合わせて開く。

確か、少し前には怖い話で有名になった掲示板だったなと思いながらページを送る。西洋人形でヒットした書き込みは自称20代男性が書いたものだった。スーパーのレジ打ちをしているというその男性は、夢の中でめちゃくちゃなクレームを言われたそうだ。

「見てた商品が何もしてないのに壊れたんだけど」

壮年の太った男性が持ってきた商品を見るに、明らかに粗雑に扱われており、何もしてないわけはないだろう、と誰もが思うありさまだった。投稿者の男性はあくまで商品のせいにする態度にとても腹が立った。何とか抑えつつ壊した商品を買い上げてもらおうと手続きを進めようとしたら、激高してわめき出した。

「お客様は神様だろう!!なんだその態度は!!土下座して謝れ!!」

白昼のスーパーには結構な客がいた。そんな中でわめき散らして、ひたすらに謝罪と賠償を要求され、店長が呼ばれるほどの事態になってしまった。店長は事態を収めるために、自分に土下座して謝るように言ってきた。

そこで頭の中で血管が切れる音が聞こえた、という。

その男性が持ってきた商品を床にたたきつけ、頬を張り付けながら顔面に唾吐きかけるくらいに怒鳴ってしまった。

こんな客が来たら、適当に流すのが普通である。それをこともあろうに店員に土下座を勧めるのは倫理に反する。そう思った男性は、こんなところで働いてはいられない、と制服を叩きつけるように脱いで、荷物をひっつかんで家まで帰ってしまう。

はらわたが煮えくり返る思いで自宅に着きドアを開けると家の中から自分と同じくらいの身長の人が倒れかかってきた。

慌てて体の上からどかすと、人だと思っていたのは西洋人形だった。それにも腹が立って、その辺に放りだして部屋に入ったら急に目が覚めて夢だとわかる。

そのような内容の投稿だった。

掲示板では病院に行け、糖質おつなどと言われていたが、俺は読んでいて鳥肌が止まらなかった。

西洋人形についての詳細な描写はなかったが、自分と彼女が見ていた西洋人形と同じである気がしてならない。

気味が悪くてすぐにPCを閉じたが、想像せずにはいられなかった。

西洋人形の大きさは何かを暗示しているのだろうか?


※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第六夜(2)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(03:00ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/310891890

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