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[禍話リライト]覗かれる家[禍話 第三夜]

私は十年来の友人の心霊スポット巡りの趣味に付き合わされて、車を運転させられていた。

「何で私が偶の休みに貴様の趣味なんぞに付き合わせられにゃならんのだ」

「絶対楽しいって!!騙されたと思ってさ」

時刻は夜九時。夜の住宅街を走っていると、隣のオカルトマニアが訥々と語る。

今度の所はね、本当に楽しそうだから誘ったんだよ。

今はもう誰も住んでない平屋の廃墟が方々のサイトでも話題になっててさ。普通の住宅街の一軒なんだけど、両隣の家には人が入っているのに、そこだけずーっと入居者が決まってないんだって。それというのも最後に住んでた若い夫婦が怪死を遂げたから、気味が悪くて誰も住まないんだって。結構雰囲気ある所で、どの部屋も怖いらしいんだけど、中でも庭が絶品なんだって。な?楽しそうだろ?一緒に庭で写真でも撮ろうぜ。

意味が分からない。何故若い夫婦が怪死を遂げた住居に行くことが楽しそうなのか。

「っておい、そこ貸し家なのかよ。大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。玄関は施錠されてるけど、勝手口は開いてるらしいからちゃんと入れるよ!!」

そういう意味の大丈夫ではない、と思いながらも、そもそもこいつは人の話を聞かない奴だから、いくら言っても無駄だろうと諦めた。ため息を吐く。

「大体私は全く幽霊に興味がないのだ。それよりもこれが終わったら、いつものラーメン屋に行こう。お前に吐き出したい上司の愚痴がたっぷりあるのだ」

「いつものやつですねーー?愚痴一丁!!」

いつものように下らなく騒ぎながら、夜道を車で進む。

そもそも幽霊なんかいるわけないのに、心霊スポット何か巡るなんてどうかしている。こいつとは金輪際付き合わないほうがいいんじゃないか。

私が自分の友人の頭に関する危惧をしていると、助手席に座っている奴が騒ぎ出した。どうやら目的地に着いたらしい。

車から降りて友人にその場所を指し示されると、なるほど、心霊スポットにもなるわけだと納得せざるを得なかった。

その住宅街は二階建ての近代的な住宅が等間隔に並んでいる瀟洒な雰囲気の場所だった。その一画にどう見ても場違いな古い日本家屋風のぼろ屋があった。

「ここだよここ!!」

あいつは嬉しそうに言うと、止める間もなく、さっさとぼろ屋の横の勝手口を探しに行ってしまった。

仕方なく私も後を追う。

近くで見たぼろ屋はそれなりに大きかった。奇妙なことに、ちょうどすっぽり収まるように塀で囲われていて、庭らしきところには家の中を通っていかなければならないらしい。

俺はいったい何をしているんだろう。

ぼやきながら後を追って、勝手口を見つけて中に入った。

勝手口がつながったのは台所であった。正に一昔前の日本家屋と言った感じで、その台所には十分なスペースがあった。

あいつはどこ行ったんだと思いながら、靴を履いたまま部屋を見て回る。キッチンから廊下に出て、その向かい側の部屋を覗く。

そこは和室であった。ところどころにシミが散見される畳が9畳ほど敷いてある。家具などはないが、私たちのような侵入者が他にいたのか、ゴミやら包装紙やらが散乱していた。

そして、その和室は庭に面していた。

奴の言っていた、一番怖いとされる庭である。

下半分がすりガラスで上半分が透明ガラスの窓を通して覗くと、腰ほどの高さの雑草が繁茂するのが見られた。あまり広くは無いようであった。

汚いし、暇だな、なんて思いながら、なんとなく辺りを見渡すと、部屋の隅にすり切れたキャンパスノートがあるのを見つけた。

拾って見てみると、表紙には私が生まれる以前の日付が書いてあった。大昔の日記か何かだろうか。やつが満足するまで暇であるし、拾って中身でもパラパラめくってみようか。

中身はなんてことない主婦の日常をつづったものであるようだった。あのスーパーの特売がどうとか、近所の家の事情などが書かれていて、当時の生活が垣間見えるようで少し面白かった。

しかし、やがて妙なことに気付いた。

日記が終盤に近付くにつれて、「夫が庭から覗いてくるのをやめてほしい」という記述がやたら頻繁に出るようになった。

日記が最後のページになると、その記述のみが事細かに書かれていて気味が悪い。

夫は悪戯好きな人物なのかと思って、日記を見返してみるが、特にそういうわけでもない。

気味の悪い場所だ。あいつを探して早く帰ろう。そう思って振り返ると。

窓を隔ててあいつが私を覗いていた。

私はびっくりしてしまって、後ずさった。が、すぐに腹が立った。

人様が趣味に付き合ってやったのに、驚かすとは何事だ。

私は怒鳴りつけて引きずって帰ろう、と思ったが、何かがおかしいと思った。

私に気付かれずに、庭に行くなどありえない。塀と家の間には人が通れるほどの隙間はなかったし、私が庭を見たときには誰もいなかった。庭は雑草で足の踏み場もないはずだ。

恐る恐る、あいつに声をかけようとしたとき、ぎょっとした。

曇りガラスがあったので気付くのが遅れた。

窓の向こうのあいつは顔の上半分しかなかった。

なんで顔の上半分?あいつはどうなった?

無数の疑問が頭を占めてしまって、声を出せないでいると。

「おーい!!どこだぁ?」

あいつの声がキッチンから聞こえた。

は?

眼はまだこちらを見ている。

どころか先ほどより目を見開いており、必死な様子すらあった。

私は気味が悪かったが、恐る恐るキッチンに向かってみた。あいつはこちらに背を向けて勝手口に座っていた。床は埃とゴミだらけだった。とりあえず、何気ない振りをしてみる。

「どうした?もう満足したのか?」

「おー、もう帰っちゃおうぜー」

あいつはそう言うと、こちらを見もせずにスタスタと出ていった。

様子が妙なのは気になったが、目から逃れることが先決だった。

出ようというときに、つい気になって廊下の向こう側の窓の方を見てしまった。

別のあいつが目を見開いて、必死にこちらを見ていた。

私はたまらず逃げた。

家の外に出て車に乗り込もうとするが、あいつがいない。

どこに行ったんだ。舌打ちをしながら電話をかけようとすると、車の外から奴の声がした。

「おーい、どこだぁ!!助けてくれぇ!!」

やけに呑気な声だった。なんでそっちの方に行くんだ。先ほどの様子と言い、とうとう頭がくるくるぱーになったか。

再び家に向かうと、あいつは家と塀の間に挟まっていた。流石に呆れる。完全に挟まってしまっているあいつを引きずりだす。

「お前はいったい何をやっているんだ!!あっちに行ったり、こっちに行ったり、子供か!!」

すると、やつは照れ臭そうに笑って言った。

「いやいや、ここに来た時に庭に行こうと思って、ここ通ろうとしたんだけど、さすがに無理だったわ」

え?

お前、中にいたじゃないか。いったい何を言ってるんだ?

「やっぱ家の中からじゃないと無理だなー。外から行こうとしたけど、俺、中行くけど、お前も行くか?」

私は首を横に振った。

もう頭がおかしくなりそうだった。

窓の外にいたお前は誰?勝手口に座り込んでいたお前は誰?そして、いつものように笑ってふざけているお前はいったい誰なんだ?

奴は、そっかー、なんて言いながら家の中に消えて、15分ほどして帰ってきた。

家に帰る車内は、行きと打って変わって静かだった。奴は窓の外をずーっと眺めていて、私がどんな話題を振っても生返事しか返さなかった。

どこか様子がおかしいそいつと、約束であった深夜営業の行きつけのラーメン屋に行って二人で麺をすすった。いや、気味悪かったぞ、なんて話しかけてみるが、やつはうんー、なんて言って気のない返事しかよこさない。

一体どうしたんだ、と心配になって、あの窓からこちらを覗く目の話をしようとした。

「あのさぁ、俺一個怖いことがあって…」

そこまで言ってから、気付いてしまった。

奴の利き手が違った。

あいつは左利きだったのに、右手に箸を持っていた。

私は凍ってしまって言葉が出なかった。

「……?どうしたー?」

「いや、何でもない」

私は動揺を抑えつつ、それでも早口になってしまった。早くこの場から逃げたかった。

「この後、用事あるって言ったの覚えてるか?話のついでで言ったから覚えてないかもだけど。悪いけど、近くの駅でおろすからそこから帰ってくれないか?」

「あー、言ってたね。分かったよ、じゃあそんな感じで」

あいつはぼんやりと笑って言った。

私はもう泣いてしまいそうだった。

俺言ってないよ、そんなこと。

あいつは適当な奴だったけど、私の冗長な話を聞き流すような奴ではなかった。私の生真面目すぎる性格も笑って受け止めてくれるような懐の深い奴だった。

あいつは私の唯一無二の親友であった。


あいつを車で駅に送った。

あいつは駅の中の人ごみに紛れて消えていった。

その背中を見ながら、私はもうあいつには会えないのだな、と思って、しばらく車の中で動けなかった。


※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第三夜(1)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(17:05ごろから)

http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/304885359

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