[禍話リライト]まだ出る[禍話 第五夜]

実話怪談を集めるの、もうやめようかな。

仕事も人間関係もうまくいかない。そんな日々が続いた帰りの電車で、座席に身を沈めながら思いついた。幼少期の心霊体験をきっかけに何かにとりつかれたように怪談を蒐集していたが、そろそろ限界かもしれなかった。

この世には私たちの常識では測れないような存在が確かにいる。そんなロマンを追い求めているのが急に馬鹿らしく思えた。ネットや大多数の人が言うように幽霊やお化けは目の錯覚や気の迷い、脳の欠陥だという考えが脳幹にじっくりと染み渡っていく。

大体、なんで自分のような凡人が幽霊の存在を感じ取れると思っていたのか甚だ疑問だ。幽霊がいるとしても、なんかスゴイ修験者とか巫女さんとか、そんな人にしかお目にかかれないのだろう。冷静に考えれば、私のような少し物好きなだけの人間には縁遠い話に違いない。

私はため息をつきながら決心した。

集めた怪談も全部捨てよう。明日からはもう少し真人間になろう。そうすればもう少し生きやすくなるに違いない。


最寄り駅で降りて家路の途中のスーパーに晩酌のおかずを買いに立ち寄る。

今日は景気づけだ。辛気臭い趣味もやめるし、新しい人生の始まりの日だ。どこか投げやりで少し心地よくなりながら、いつもより少し高い酒と肴を買ってレジに向かう。

(新しい趣味は何にしようかな)

自分の将来を思いながらレジで会計をしているとレジの向こうで買い物を終えた人たちが話しているのが耳に入った。

中学生ぐらいの男の子と、そのお母さん、知人だろうか。そのように見受けられる三人が商品をレジ袋に詰めるブースで話していた。その場で偶然出くわしたようで近況などを語り合っているようだ。

話を聞くとはなしに聞いていると、男の子は中学でバレー部のエースを張っているようだ。横目に見ると、なるほど確かに背が高く、いかにも運動が出来そうな体格をしていた。母親と知人は部活の様子などを聞いてはしきりに褒めている。

(あぁ、こんなところにも自分のような非才の輩には程遠い子が一人……)

ため息交じりに自嘲していると、その子が妙なことを言い出した。

「そういえばうちの体育館、まだ女の子出るんだよね」

女の子が"出る"?

奇妙な表現だなと思っていると、お母さんは当然のように答えた。

「あぁ、あの女の子のお化け、まだ出るのねー」

(え?)

私は突然の事態に唖然としながらも、なんとか会計を終わらせた。足は誘われるように家族の隣のカウンターに行ってしまう。視線と姿勢を怪しまれないように気を付けながら商品を袋に詰めつつ聞き耳を立てる。

「なあに、その女の子のお化けって」

「いやね、夕方六時を超えると倉庫の中から全然知らない制服の女の子が出てくるのよ。そのままスタスタどこかに行っちゃうんだけど翌日の夕方になるとまた出てくるのよ。ね?」

「そうそう。毎日出てくるもんだからみんな気味悪くなっちゃって夜練無くなっちゃったんだよ。大会近いのに……」


しばらく女の子の幽霊の愚痴を話した後、彼らは去っていった。

私はいつしか手を止めてしまって聞き入ってしまっていた。

しばらく余韻に浸った私は居てもたってもいられなくなって手早く荷物をまとめスーパーを出た。


買い物袋を片手にほとんどスキップしているように家路を急ぐ。

大事なことを思い出した。

本当かどうかというのはどうでもいい。幽霊の存在も心霊現象の真偽も科学的証拠、客観的証拠なんて自分には無駄な話だ。

実際に「自分が心霊現象を経験した」と確信した人がいる。その事実が当たり前だと思っていた日常や常識が浸食し、私をワクワクさせてくれる。

私はその事実にこの世界の無限の可能性を感じているのかもしれない。

そんなとりとめのないことを考えながら、自宅のドアを開ける。身支度もそこそこに今日もPCに向かう。


※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第五夜(1)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(01:10ごろから)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/310891890

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