[禍話リライト]深夜のファミレス[燈魂百物語 第零夜]

これで机を拭いて回るのも何周目になるだろうか。

布巾をたたみつつ店内を見渡しても男子大学生らしきグループが窓際の席でダル気に話しているだけだ。今日も特に仕事はなさそうだな、と独り言ちながらボックス席に挟まれた通路を歩く。

一応24時間経営ファミレスの系列店ではあるが、交通の便などの事情で昼にさえ客があまり来ないような店である。深夜二時ともなればなおさらで一組の客がいるだけでも相当な珍事だった。

24時間営業など辞めてしまえばいいのにとも思うが、深夜だけに時給も高く楽な仕事にありつけるので、大学生の身分としては非常においしいアルバイトであり、せめて卒業までは営業していてほしいなとも思う次第であった。

布巾を片付けに厨房に行くと、バイトのおじさん先輩が眠そうに在庫をチェックしていた。

「お、掃除お疲れー。まだ客いる感じ?」

「そうっすね。なんかダラダラ喋ってましたよ」

「あー、じゃあ働いてる感じにしとかなきゃな。俺も外の掃除でもしようかな。終わったら廃棄の商品持って帰っちまおうぜ」

「うっす。いつも助かります」

先輩があくびをしながら掃除道具を持って外に出るのを見送りつつ、窓ふき用の器具を手にする。怠いけれど給料のためだ、と気合を入れてフロアに出た。


窓の掃除を黙々とこなしていると、近くの窓を掃除する際に大学生たちの会話が耳に入ってきた。

「急にライトが消えたときは腰が抜けるかと思った。あれが霊障?ってやつ?」

「階段で転んだとき、足掴まれた気がして……w」

「嘘つけ、笑っとるやんけ」

「まぁでも、落書きとかいっぱいあったし。大した心霊スポットってわけでもないんじゃない?」

なるほどなー、と思って少しニヤけてしまう。彼らはきっと例の廃病院に行った帰りに明かりに誘われてここに寄り付いたのだろう。

当ファミレスから車で二十数分ほどの町はずれにある廃病院は不気味な見た目ということで近隣に知れ渡っている。壁はツタで覆われ、コンクリートは黒ずみ、所々朽ちて鉄筋がむき出しになった建物だったものは、夜ともなれば迫力満点である。あるとき有名なオカルトサイトで紹介されたことがきっかけで全国から肝試しの客が来るようになったという場所だった。

外見からすればいかにもなところだが、地元民からすればそうした心霊スポット目当ての客は笑い種になっていた。

実はその病院はただ単に経営不振になって普通につぶれただけであったのだった。元院長だったお爺ちゃんは現在では町内会長になったりしていて、私もその失敗談を親伝手に聴いたりしている。それほど大きな町でもなく、またお爺さん本人も気さくな人だったこともあって、この町においてお爺ちゃんはほとんど名物のようになっていた。もちろんのこと、特に大きな医療ミスだとか悲惨な事件は全く話に出たこともなかった。

誰かがほらを吹いた結果がここまで大きくなってしまったということだろう。

あんな気さくなお爺さんの経営する病院にそんな事故が起こるはずがないんだよなぁ。

そんな風に幼いころの思い出を微笑ましく思い出しながら手を動かしていると、窓の外に目が留まった。

窓の外の駐車場。生垣越しに数メートル離れたところに止まっている大学生が乗ってきた車の助手席に誰かが乗っているようだった。窓に顔を近づけて目を凝らすと、フロントガラス越しに白い服を着た女性が俯いている様子が見てとれた。

時計を仰ぎ見ると大学生が入店してきてから数十分が経っている。

車に女性を置いたまま、数十分も喋っている?しかも男性ばかりのグループに女性が一人?もしかして不審者が乗りこんだ?

眉をしかめていると、大学生グループの会話がまた聞こえてくる。

「いやでも、病室みたいな部屋に千羽鶴がめちゃくちゃ落ちてたのはビビったよな」

「あれな。見た感じ新しかったけど、誰かが供えてると思うとゾッとするよな」

思わず顔をしかめてしまった。

千羽鶴のような話は聞いたことがなかった。もし、そんな悪ふざけがあればすぐに地元の友達や親経由で分かるはずだ。

どことなく不可解な気持ちになりつつ、丁度掃除道具を終えた先輩が店に帰ってきたので呼び止めた。

「ちょっと先輩、客の車の中に誰かいませんでしたか?」

「え?あぁ、そういえば助手席にだれか乗ってたな。具合でも悪いのかなとか思ってたけど」

「ちょっとなんか気味が悪いんですよ」

「えぇ?どれどれ」

先輩と二人して窓越しに車を覗く。

先ほどよりも目を凝らしてみると、ますます気味が悪くなった。

「髪で隠れて良く見えませんけど……、なんかうっすら笑ってこっち見てませんか?気持ちわる…」

「確かに気持ち悪いな…。ちょっと話聞いてみるか」

先輩はそう言うと学生が喋っている卓に向かっていった。

「すいません。ちょっとお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「あぁ、店員さん。どうしました?」

「はい。どうやらお客様の車にどなたか乗ってらっしゃる…」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

店内に悲鳴が響き渡った。

驚いて声の方を見ると、学生グループのうちの一人が目を見開いて窓の外を指さしていた。

指が差す方を辿ってゆっくり振り返ると車の外に女が立っているのが見えた。

街灯が猫背の若い女の姿を照らしてコンクリートの地面に影を作っているのが見えたと思うと、女はゆっくり、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。近づくにつれて、鳥肌がだんだんひどくなっていく。女は裸足だった。白いワンピースのように見えた服は入院着だった。ぼさぼさの髪。乱れた入院着。血走った目。心の底から楽しそうな笑み。

店内は静まり返っていた。全員が女から目が離せなかった。

やがて女は生け垣にさしかかったと思うと、まるで意に介さずに枝葉をかき分けて窓にぴったりと額を付けた。

窓のすぐ向こう側に女の顔がある。

誰一人として身じろぎを許されなかった。

女はギョロギョロと店内を見渡したかと思うと、入院着のポケットからガラケーをとりだした。女は店内を見回したまま片手でガラケーをすごい勢いでいじりだした。

店内から現実感が消え失せていた。

(なんなの、この状況……)

どことなく他人ごとのような気持になってしまったその瞬間だった。

トゥルルルルル

トゥルルルルル

店内に着信音が鳴り響いた。

何人かがその場で飛び跳ねる。

音の発信源はレジ横に備えられている電話だ。


誰も出るわけがない。絶対あの女じゃん。

数秒店内にコール音が鳴り響いてから動き出す人がいた。

「緊急連絡だったら…まずいしな…俺責任者だしな…」

「先輩…ダメですよ…絶対だめですって…」

先輩は僕をチラリと見ると頷いて、意を決したようにズンズンと電話に近づいた。数回深呼吸を挟んで、受話器を取った。

「お電話ありがとうございます。○○店です」

思いのほかしっかりとした声で先輩が応対する。

この時ほど、先輩がスゴイと思ったことはなかった。この人は尊敬できる人だ。先輩は受話器に耳を当てたまま、何事かを聴いている様子だった。

「先輩、何が聞こえ」

ガシャン!!!!

先輩がいきなり受話器を叩きつけるように切った音だった。

呆気に取られていると、先輩は受話器を手近なスタンドで叩き潰しながら叫び出した。

「うわーーーーー!!うわーーーーー!!」

先輩は高いような低いような聞いたこともない声で叫びながら、電話機が見えないようにメニュー表やチラシを重ねながら、電話を叩き潰している。ついにはコードを引き抜いて、電話機ごとフロアに叩きつけ始めた。

流石に見ていられなくて駆けよって羽交い絞めするように止める。先輩は荒い息を吐きながら、目を見開いて興奮している様子で、なんとか落ち着かせようと話しかけた。

「先輩、落ち着いてください!!あの女だったんですか?なんて言ってたんですか?」

先輩は荒い呼吸のままにうわごとのようにつぶやいた。

「最初は何も言ってなかった。ウフフって笑うだけで。でも本当に心底嬉しそうにこう言ったんだ。あたし、そういう人がいっぱいいるところって入っていけないから、ずーっと車で待ってますよ、って」

大学生グループも僕も何も言えなかった。まるで心臓をキュッと掴まれているような感覚だった。店内には先輩と荒い息遣いだけが音を発していた。

恐る恐る窓の方を見ると女はいなかった。車を覗いても女はいないように見えた。


結局、朝日が昇ってから大学生グループは帰っていった。僕と先輩も言葉少なに引継ぎをして家に帰った。

数日たってからそのファミレスの深夜バイトに復帰したが、それ以来、大学生グループも女も先輩も見ることはなかった。


※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「燈魂百物語 第零夜(2)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(07:20~17:30ごろから)

http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/337060766

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