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[禍話リライト]女の絵[禍話 第四夜]
高校で芸術系の授業が始まってからしばらく経った。
うちの高校では、音楽、美術、書道の中から、生徒それぞれが授業を選択することになっている。芸術に触れることで豊かな感性を育てるらしい。
下らねぇ。
こんな田舎の工業高校なんかで、ゲイジュツの授業やってどうするつもりなんだか。
今日の縦笛の授業も一切興味がなかった。他の大半の生徒も携帯をいじるか、お喋るに興じるかをしている。
先生は注意をすることなく、たんたんと縦笛の説明をしている。たびたび俺らの様子を見ては、苦笑いをした。
どうせ先生も俺たちに期待なんかしていない。
頭が悪くて工業高校にしか入れない、かといって不良にもなりきれないようなやつらに、誰も期待なんかしない。
先生が授業の流れとして、縦笛を俺たちに吹くことを促してきた。
俺たちは仕方なく縦笛を構えた。
ぷー
笛がいっせいに間抜けな音を奏でた。
授業が終わって昼休みになった。
購買で買った焼きそばパンを食べながら、美術を選択したやつとダベっていると妙な話を聞いた。
「徳田がさ、目覚めちまったんだよ。こう、ピカーってさ」
詳しく聞いてみると、うちのクラスの徳田が絵を描くのにハマってしまったらしい。
放課後も先生に美術室のカギを借りて、夜遅くまで作業しているかと思ったら、朝早く来て画用紙に向かっていたり、昼休みも時間が空けば美術室に行ったりしているそうだった。
俺は眉をひそめた。
徳田と言えば、うちのクラスでは有名だった。何か気に入らないことがあれば、すぐにキレる。マジのヤンキーの先輩とかともつるんでて、たばこやってるところを見つかって補導されたこともあった。
まぁ、普通に話していると嫌な奴じゃない。少し思い込みが激しいとこがあったが、うだつの上がらない威張ってるだけの普通のヤンキーだった。
そんな徳田が美術に打ち込んでる。
何を描いてるかは分からなかったが、最近はいつものメンツと絡むことも少なくなって、四六時中美術室にこもっているらしい。
「案外、徳田みたいなやつに才能あったりするのかもな」
そんなわけねぇだろ、と笑い話になったが、俺はどことなく、急かされているような気持になった。
午後の授業で科学の小テストがあった。
俺はうっかり忘れていて、ひどい点数を取ってしまい、放課後に俺だけ補修になった。
何やってんだ俺。はぁあ、帰ったらゲームでもやって気を紛らわせよう。
補修も何とか終わり、イライラしながら昇降口に向かう途中で、誰かが美術室から出てくるところに出くわした。
「じゃあ俺もう職員室行くけど、鍵返しとけよー」
あれは確か美術の教師だったはずだ。
もしかして、噂通りに徳田が作業してるのかも。
ちょっと邪魔でもしてやるか、と思って、美術室に入った。
美術室の中は真っ暗だった。奥の一画から光が漏れている。
見ると、手元灯で照らされて、徳田が画用紙に一心不乱に描き込んでいるところだった。
「よぉ徳田。邪魔するぜ」
俺が声かけるも、徳田は反応すらしない。
本当に打ち込んでいるんだな、と少し感心した。
徳田は衝立の向こう側の何かをスケッチしているようだ。
しかし、衝立は入り口に向かって立てられていて、ドア近くからは何を描いているかは見えない。徳田はしきりに画用紙と正面に目線を行ったり来たりさせて、時折頷きながら、画材(確かクレパス?)を画用紙に熱心にこすっていた。
何を書いてるんだろう、と思って、ひょいと衝立の向こう側を覗いてみる。
ただ窓と壁があるだけだった。
何だこいつ、壁なんか描いてんのか。
そんな絵もあるのかも、と思って、興味がわき、未だにこっちに反応を示さない徳田のスケッチブックを覗く。
徳田は、女子高生を描いていた。
その女子高生の絵というのが、下手なのである。
小学生が描いたほうが上手いんじゃないかってくらい、指とか足とか顔が幼稚だった。かろうじて、女だとわかるそれは、うちの高校の冬服を着ていた。スカートをはいていて髪が長い。
にしても、こいつは影も形もない女子高生をスケッチしているのか?
気持ちわる、こいつ頭大丈夫か?
徳田は私のことなぞは気にせず、一心不乱に絵を描いていた。手を染料で汚くしながら、頷いては色を塗っている。
しばらく、どうしようこいつと思いながら見ていると、徳田は突然ピタッと描くのをやめた。
徳田は対象と画用紙を見比べながら、
「えぇ!?」
と驚いた。
何だこいつ、と思ったが、徳田は構わずに、しきりに首をかしげては驚いていた。
「えぇ、どうしよう……、でもなぁ……」
1、2分そのようにしていると
「あぁ!!そうか、こうすれば!!」
と、突然ひらめいた様子になって興奮しだした。すると、座っている机の横においてある画材をひっくり返しはじめた。何かを探してるようだった。
画用紙に向き直った徳田は赤いクレパスを手に取っいた。と思ったら、何度も頷いて、
「うんうんうんうんうんうんうんうん……」
真っ赤なクレパスで女子高生の首のところに何重にも何重にも線を引いた。
「うんうんうんうんうんうんうんうん……」
ゾッとした。
「やめろ!!」
怖くて、徳田の頬を軽く張ってしまった。
徳田は少しのけぞったあとに、じろりとこちらを見て殴り返してきた。
「んだてめぇ!!」
私は軽くいなしながら、それまで無反応だった徳田が反応してきたことに驚いた。
いつもの徳田だった。
「てゆーかどこだここ、油くせぇ。っておわ!!なんだこの気味悪い絵!!ひょっとしてお前が描いたのか?趣味わりーな」
は?
「何言ってんだ、お前が描いたんだよ……、覚えてないのか?」
おれはそう言って、徳田の手を指さした。徳田は手が赤い染料でべったりと汚れているのをみて、顔を青ざめさせた。
徳田と目が合った。気味が悪いので、さっさと出ていこう。頷き合う。
荷物をまとめて扉に向かう。
「出るぞ出るぞ鍵かけてけよ」
「何でおれが」
「お前がカギ借りてんだよ!早く!!」
美術室から出ようと扉に手をかけたとき。
衝立の向こう側から女の声が聞こえた。か細く震えた声だった。
「すいません、いつまでこうしてればいいですか」
俺と徳田は鍵もかけずに一目散に逃げた。
爆速で職員室に鍵を返して、あいさつもそこそこに家まで走って帰った。
あまりに気味が悪かったので、絵は焼却炉に行って徳田のライターで燃やした。
後日、すっかり素行が元に戻ってしまった徳田に聞いてみるも何も覚えていないようだった。
気になって調べてみたが、誰に聞いてみても、過去に美術室で事件の類は一切起こっていないという。
徳田は、一体何に取りつかれて何をさせられようとしていたのだろうか。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第四夜(1)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(16:50ごろから)
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