![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/26420661/rectangle_large_type_2_3363d4efa8dd6edfcbbf66a6211637ea.jpeg?width=1200)
[禍話リライト]タチバナさん[禍話 第四夜]
季節は春になり、私たちは高校二年生に進級した。
ウキウキしながら、新しいクラスの仲間と、今年からよろしくね!などと言いあいながら、二年生用の教室での生活が始まった。
ホームルームの時に先生と初顔合わせをして、生徒が一人ずつ席を立って自己紹介をすることになった。
私は「田中」だから、ちょうど次に当てられる順番だった。
前の田代君が自己紹介をし終わって席に座る。
来る。ここで失敗したら、あとが辛くなる。普通に、普通に自己紹介しよう。
そう思って席を立とうとすると。
「じゃあ、次………タチバナ、タチバナアユミ」
へ?と力が抜けた。
教室は新学期なので、名前順に席が並んでいる。私は立ち上がっていった。
「先生、私、タチバナじゃないです。田中です」
教師は、あれおかしいな、などと言いながら、名簿を見ては首をひねっている。
「あれ、確かに、タチバナなんていないな、すまんな田中」
いいえー、なんて言いながら、普通に自己紹介をする。名前を間違えられたネタをわずかに絡めるのも忘れなかった。
「タチバナ」ネタはちょっとウケて、私は比較的スムーズに新しい環境になじめた。
タチバナさんに感謝だな、とこれからの新生活を思い浮かべては、ほくそ笑んだ。
しかし、それからも、教師は授業やホームルームのたびにタチバナアユミさんを指名することがあった。
しかも、国語、数学、英語、社会、………、果ては体育の先生まで皆が口にするのである。
あまりにも間違えるので、そんな有名人が学校にいるのかもしれない、とクラスのみんなで調べてみることになった。
しかし、他のクラスに聞いても、そんな生徒はいない。
過去の問題児や有名人を聞いて回っても、そんな生徒はいない。
まさか幽霊か、と思って亡くなった生徒を調べても、そんな生徒はいない。
それでも、先生は授業のたびに指名した。
「じゃあ、次はタチバナ、お前言ってみろ」
私たちは初めの頃は面白がっていた。でも、先生はお互いが示し合わせたように間違えるし、あとで抗議しに行っても、誰一人覚えていなかった。そんな状況が一か月も続くと、流石に気味が悪くなって、タチバナさんの名前が教師の口から出るたびにクラスに嫌な空気が広がるようになった。
あるとき、学級会でクラス目標を決めようという話になった。
クラス委員長の田代君が壇上に立って、黒板に意見をまとめている。
とはいえ、黒板には何も書かれていなかった。
だれも提案をしないのである。
田代君は目立ちたがり屋のくせに、仕切る能力はないような人で、壇上から仲良くなった生徒を指名しては、ウダウダと意見にもならないようなおしゃべりをしていて、一向に終わる気配がなかった。
「清く正しく美しく、とかどうよ!?ギャハハハハ!!」
クラスのお調子者の男子がふざけだしたあたりで、ついに田代君が業を煮やした。
「ええい、もういい。一人ずつ目についた奴に聞くから、なんか言うように!」
「佐藤!」
「えぇ……特にないっす」
「じゃあ田中」
え?わたし?
「えっと……、品行方正とか……?」
「ふむ、いいな、じゃあタチバナさん」
「ハイ!!」
クラスの空気が凍った。
私の目の前、田代君のいた席には、いつの間にか長髪黒髪の女子生徒が背筋を伸ばして座りながら、ピン、と手を挙げていた。
皆が大パニックになった。
先生が何とか収めて、何が起こったのか私に聞いてきた。
「何が起こったって、田代君の席に知らない女の子が座ってて、タチバナさんって呼ばれたら、返事してたんですよ!!」
私はそう主張したが、周囲のみんなの様子がおかしい。困惑しているようだった。
話を聞いてみるうちに、困惑の訳が分かった。
「タチバナさんって呼ばれたら、窓の外にギャル風の女の子が立ってて……」
「廊下から急にショートボブの女の子が飛び込んできて……」
「眼鏡かけたおさげの子が、私の後ろで……」
全員が、違う場所で、違うタチバナさんを見ていた。
結局、その件はうやむやになった。
ただ、皆は口にしないだけで、本当は分かっていた。
このクラスにはタチバナさんがいる。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第四夜(1)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(20:00ごろから)
よろしければ、サポートお願いします!頂いたサポート費は活動費用に使わせていただきます。