[禍話リライト]赤い女のビラ[禍話 第一夜]
私は鬼のコンビニバイト三連夜勤を乗り越え、謎の達成感を得つつ、家でダラダラとしていた。
お世話になっていた研究室はかなり緩くて、セミナーなんかも月一だし、卒論も、例年非常に審査基準が低いことで有名だった。それもあって選んだことは否定できない。
夏休みも半ばにしてインターンシップを経由して内々定を得ていたし、その時の私にはとても精神的余裕があった。
住んでいたマンションの家賃は、親に仕送りをしてもらって済ませていた。エレベーター、オートロック、いつでもゴミ出し可能のごみ捨て場などの設備がきちんとしていてかなり住みやすく、しかも職場にも近かったので、就職してからもここに住むことにしていた。
特にやることもなかった私は、少しでも生活費、交遊費の足しになればと思ってバイトに精を出していたわけである。
時刻は昼過ぎ。バイトから帰って即寝たから、12時間近くは寝ていたのか。背伸びをすると、背骨がパキパキなって気持ちがいい。
とりあえず、この三日間たまりにたまっていた家事を全て片付けることにした。洗濯物を回し、シンクにためてあった食器を洗い、ついでに風呂も掃除した。家中の淀みが消えたようでスッキリとした気分になった。
そうだ、郵便もたまっているだろう。と思い当って、自分の部屋があるマンションの五階から、エレベーターを使って集合ポストがある一階に降りる。
自分のポストを見ると、やはり郵便物が溜まりに溜まっていた。部屋に持ち帰って仕分けよう、としたとき。郵便物のうちの一つを落としてしまった。拾おうとして見ると、それは裸の便箋であった。なんだろうこれは、郵便物にしてはおかしいな。とりあえず中を見てみよう。
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アカいオンナにキをつけてくださいインターホンをシツヨウにオしてきたりノックをシツヨウにしてくるゼンシンマッカなジョセイにチュウイしてくださいそのオンナはつきあっていたカレシにむごたらしくコロされたオンナでハンニンのカレシをサガしていますドアをアけてしまったらカクしモっていたハモノでコロされますタイショホウはレイカンのあるトモダチにキてとタノんでキてもらうしかありませんアカいオンナにキをつけてください
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大きさはバラバラ、黒のボールペンで、何重にも書いたような字で明らかに精神がおかしい人が綴っているようだ。
セキュリティがしっかりしているマンションでも不審者が出るのか、と不気味に思いながら、集合ポストの脇にあるごみ箱に捨てようとしたとき、他の住居者のポストの中が少し見えてしまった。
裸の便箋が入っていた。
失礼に思いながらも、内容を盗み見ると、同じような字、同じような文面で少しだけ言い回しが違う代物だった。
他のポストにも同様のものが入っている。
きもちわるっ。
すぐにその場を退散した。
その日はすぐに忘れてだらだら遊んですごしたが、それからその「赤い女のビラ」は定期的にうちのマンションの全てのポストに投函されるようになった。
地域一帯に投函されるのかと、バイトや大学、近所の知り合いに聞いてみると「赤い女のビラ」など、みたことも聞いたこともないという。
そうしてる間にも「赤い女のビラ」の投函は止まなかったが、ついにマンションの管理会社が対応を始めた。集合ポストの横に「勝手にビラを入れないでください」などと書かれた、まな板二個分ほどの大きさのポスターが貼りだされていた。きっと警備も厳重になるだろうし、もうこれで気味の悪いこともなくなるだろうと、軽く考えていた。
翌朝、ポスターはびりびりに破かれていた。「赤い女のビラ」は当然のようにポストに入っていた。
管理会社はその日のうちにポスターを張りなおしたが、前のポスターの内容に監視カメラの写真が新しく添付されていた。
その写真に写っていたのは全身真っ赤な服を着た赤い女の後ろ姿だった。
思わず顔がゆがんだ。赤い女ってお前じゃね?お前に注意すればいいの?しかも、なんで後ろ姿なの?普通、顔をさらすとかしたほうが効果的じゃないの?と思ったが、監視カメラに顔が撮れていないわけがない。あえて載せなかった可能性を考えると何とも言えなかった。
私はもうたまらなくて、俺は今こうこうこういう目に遭っていて、めっちゃ困ってんねん、と酒の席でバイトの後輩先輩に相談した。
すると酒が入っていたこともあってか、狂人の怖い話として大うけして、大層盛り上がった。なにそれー!、めっちゃこえー、ヒトコワじゃん!、先輩、今から俺そこ行って赤い女とやらに凸してやりますよー!おー、いいぞー、やれやれー!と、そういうことになった。
私はマンションに彼らを連れて行った。遠目にマンションが見えだすと、皆が、狂人マンションだー!なんて騒ぎ出した。私は、酒入りすぎだよこいつら、なんて思っていると、私の部屋がある五階のフロア、その外に面した廊下に見覚えのない女がゆっくりと歩いているのが見えた。
よく見ると、その女は全身が真っ赤であった。
すると、凸すると意気込んでいた後輩が急に走り出した。
「ぐぉらーーー!とっつかまえてやんぞーーーー?!」
その後輩は高校時代は陸上の選手であったようで、運動神経がとにかくよい。あっという間にマンション横についている非常階段にたどり着き、ひょいひょいと昇って行った。
突然の行動にあっけにとられていたが、ヤバイ!と思って、皆が彼を追った。赤い女はどう考えても狂人であり、何をするか分からない。彼をとめなければきっと面倒なことになる。
息も絶え絶え彼を追って四階まで行ったとき、元陸上部の彼が降りてきたところに鉢合わせた。
「あれ?どこだー?先輩!なんか、女どっか行っちゃいましたよ!」
五階に行くと、ゆっくりと歩いていた例の赤い女は影も形もなかった。
マンションから降りる手段はエレベーターと階段だけであり、赤い女が利用した様子はない。また、あんな女が住人であるはずもない。管理会社もその辺は把握しているはずだ。
まだどこかにいるはずだ、ということになってみんなで捜索することになった。
しかし、どこにもいない。
グループにいたある女性が言った。
「え、お化けなの?」
時刻は夜中の二時。その一言を皮切りに酔いも冷め、解散した。
それからも管理会社の努力むなしく、「赤い女のビラ」は定期的に投函されていた。それどころかビラの内容もだんだん過激に、まるで怒っているようになってきた。
私はあまり家に帰りたくなくなってしまって、大学に入り浸ったり、バイトに没頭したりするようになった。もう、親にも言って引っ越そうと、そのための資金集めでもあった。
連日のバイトで流石に疲れ切ってしまって、家に帰った夜八時のことだった。鍵を開けようとするが、うまく鍵穴に入らない。体に力も入らないし、目の焦点もうまく合わない。おまけに廊下の電球が切れかかっていて、チカチカと不規則に点滅していた。ったく、管理会社しっかりしろよ、赤い女と言いよぉ、と悪態をつきながらどうにか鍵を開けようとしていると。
「アカいオンナにキをツけてください」
え、と廊下の一番端に目をやると、暗い外廊下の奥に点滅する電灯に照らされた全身真っ赤の女性が立っていた。
え、え、と思っているとその女はゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
「アカいオンナにキをツけてくださいインターホンをシツヨウにオしてきたり」
私はもうパニックになってしまって、とにかく部屋に入らなくては!と思い、必死に目の焦点を合わせて鍵を入れようとする。が、どうにもうまくいかない。
「ワタシはサイサンチュウイしたはずですアカいオンナにキをツけてくださいそのオンナはツきアっていたカレシにむごたらしくコロされ」
徐々に女が近づいてくる。と、その女が後ろに手を回しているのが横目に見えた。
何か持ってる!!
そう思った私は疲れも忘れて、必死に目を鍵穴に近づけて鍵を入れることに成功すると、女がまだ3メートルくらいの距離にいるうちに家に逃げ込んだ。
鍵を、チェーンをかけた。ほっとしたのも束の間。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!
「アカいオンナにキをツけてください!!!そのオンナはぁ!!!」
なぜこんなに叫んでいるのに住人は誰も通報しないんだ!!
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!
「イッテルデショウ!!!カレシをサガしてる!!おマエかぁ!!!おマエかぁ!!ちゃんとヨんだのかぁ!!!」
どうにかなりそうな頭の中であるひらめきがあった。
「そ、そそうだ。霊感のあるトモダチ、霊感のある……」
霊感のある知り合いってなんだよ。そんな奴知らないよ!
とりあえず、すぐ近所に住んでいるお気楽な後輩を呼んだ。
後輩はすぐ電話に出てくれた。
「すぐ!!すぐ来てくれすぐ!!」
後輩はお気楽な様子で返事をした。
そうしている間にも、赤い女はドアの前から消えていない。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!
「アァアカいオンナがぁ!!!むごたらしくコロされてぇ!!カクしモっていたハモノでぇ!!」
頭が狂いそうだった。
はやく、はやく来てくれ……はやく、と願っていると
ピンポーン
インターホンの音が途切れた。
え?
ピンポーーーーーン
「せんぱーい、来ましたよぉ、どうしたんですかぁ」
私はすぐに玄関に出た。
「お前!お前大丈夫か?誰かいなかったか?何か音、しなかったか?」
「何言ってんすか先輩、誰もいなかったし、何の音もしなかったですよー。てゆーか先輩、スゴイ汗。どっか具合悪いんじゃないですか?」
彼に霊感があったのかは分からない。本人曰く、身に覚えがないそうだ。
後日ネットで調べると、赤い女の都市伝説が日本各地にある事を知った。
その都市伝説の中に気になるコピペらしきものが多数見つかった。
そのコピペは必ず「レイカンのあるトモダチにキてもらってください」で終わっていた。
翌日にまた見るとコピペは全て削除されていた。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第一夜(2)」及び「禍話 第一夜(3)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(禍話 第一夜(2)18:25ごろから始まり、放送中断をまたいで(3)に続きます。)
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