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[禍話リライト]ガラガラガラ…[禍話 第四夜]

ガラガラガラガラガラ…

音がうるさくて目を覚めると、病院のベッドに寝かされていた。

全く身に覚えもなかった。服も病院着に着替えさせられていた。体がひたすらに重くて、かろうじて顔を動かすことができた。

ガラガラガラガラガラ……

音の方に顔を向けると、なぜか病室のドアは開け放たれていて、廊下から台車のようなものを押す音が聞こえてくるようだった。

きっと看護師さんか誰かが押してるんだろう、と思った。廊下を通りかかったら、声をかけて事情を説明してもらおう。

そう思って待っていると、カルテを持った看護師さんだけがすーっと歩いて、部屋の前を横切っていった。開いているドアに見向きもしなかった。

台車もないのに、変な音するし、気味の悪い看護師だな。

恐ろしく思っていると、急に眠くなった。

ふっと意識が落ちた。


ガラガラガラガラガラガラ……

音で目が覚めた。

何だろう、前にもこんな体験をしたような……

重い手を何とか動かして顔を触ると、頬やあごをびっしりと髭が覆ってしまっていた。

俺は長いこと、入院してしまっているんだろうか。意識はぼんやりとしていた。

ガラガラガラガラガラガラ……

音が大きくなったなと思ったら、看護師が姿を現した。

例のカルテを持った看護師は、私のいる部屋を気にするように顔をこちらに向けたまま、台車を押すような音を出しながら、すーっと部屋の前を横切った。

なんだろう、これは、夢なんだろうか。

眠くなってきた。


ガラガラガラガラガラ…

体が重い。目が覚めても、瞼がわずかに開くだけだった。

手は全く動かなかったが、布団にこすれる感覚から、以前の覚醒と比べて、さらに髭が伸びてることが分かった。

私は何か突発的な事故や病気に見舞われて、寝たきりになってしまっているのだろうか。

あやふやな意識の中で、台車の音だけが鮮明だった。

ガラガラガラガラガラガラ……

そろそろ看護師が現れるな、と思ったとき。

看護師はにょいと首だけを病室の中に差し込んできた。

マジメそうな顔で、何かを探しているように病室中をきょろきょろと見渡していたが、私は目に入らないようだった。

ガラガラガラガラガラガラ……

やがて看護師は去っていった。

意識が途切れた。


ふっと目がさめた。

窓に目を向けると、日が差してきて目がくらんだ。

また、いつもの台車の音は聞こえるのだろうか。

しばらく寝ながらぼーっとしていたが、手の中に何かあることに気付いた。指で探ると、どうやら何かのボタンらしい。ひょっとしてナースコールというやつかもしれない。押してみる。

ピピピ、という音がした。しばらくすると、病室のドアが開いて看護師さんが何やら興奮した様子でやってきた。

「意識が戻ったんですか!?良かった!ちょっと待っててくださいね」

看護師は私と話すなり、すぐにどこかに行った。

やがて医者が来て検査したり、家族がわざわざ田舎の方からやってきたりして、いろいろ話してくれて事情が分かった。

私がバイトから自宅のアパートに帰っていると、急に背後から来たタクシーに跳ね飛ばされ地面に頭から激突してしまったらしい。

一命はとりとめたが、なかなか意識が戻らなくて、何週間も時間が経ってしまっていた。

「これ以上寝てたら脳機能に障害が残る可能性がありましたから……、意識が戻ってよかったです」

意識がない状態の私は、多くの看護師の方にお世話になったらしく、たくさんの看護師が訪ねてはお祝いしてくれた。

しかし、わずかな覚醒の中で見た看護師は、一向に現れない。

私はわずかな違和感を抱きつつ、リハビリがてら歩行器を借りて、病院内を見て回ることにした。


何週間も寝たきりだったので、体が重い。筋肉が大分落ちてしまっているようだった。

ゆっくりと病院を歩いていると、写真が飾ってある廊下を通りがかった。

どうやら、病院の歴史を年代順にたどれるようなコンセプトの廊下らしかった。

ほえー、とか思いながら、やることもないので歩行器をガラガラやりながら見ていると、一枚の写真に目が留まって、違和感の正体に気付いた。

それは昔の医療従事者の集合写真だった。医者や看護師などのさまざまな人が、思い思いの表情で写っていた。

わずかな覚醒の中でみたあの看護師は、写真の看護師が来ている昔の制服を着ていた。

私は気味が悪くなった。

一刻も早く退院したい。

リハビリを頑張ることにした。


リハビリの成果が出たのか、数日のうちに体力は取り戻せた。

そして、ついに退院する日になった。

今までお世話になりましたー、いえいえお元気でねー、なんてやり取りを看護師さんとしながら、退院までの時間を待合室で過ごしていると、迎えに来てくれた家族が退院の手続きに行った。

ふぅと一息をついていると、周りに人がいないのに気がついた。

午前中の問診時間が終わって、病院が昼休みになったのだ。患者さんも医療従事者の方もどこかに行ってしまっていた。


私は一人で家族が手続きから戻ってくるのを待っていた。

すると、遠くから音が聞こえだした。

ガラガラガラガラガラガラガラ……

ゾッとした。

その音は待合室に近づいてきたと思ったら、昔の制服を着た看護師が待合室にあらわれた。

私は身動きもできないでいると、その看護師と目が合った。

看護士が自分に向かって歩いてきた。

ガラガラガラガラガラガラ……

仕事をこなすような無表情だったが、私にはそれがむしろ恐ろしく感じられた。

私は一目散に逃げた。

看護師は追ってはこなかったが、私は恐ろしくて待合室の中には戻れなかった。


※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第四夜(2)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(05:12ごろから)

http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/306839602

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