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[禍話リライト]廃墟の鏡[禍ちゃんねる 新春初禍話スペシャル]

車を走らせていると、徐々に林の風景が増えてきた。

時折、木造家屋を通りかかるが、その多くは玄関や屋根が朽ちかけている。まだ昼前であるにもかかわらず、電気のついている家もない。

廃集落の中を抜けていくと、少しの坂を上ったところに今回の探索の目的である廃校が見えてきた。


いつ廃校になっただとか、何が原因だとかはネットで調べても分からなかった。しかし、これまでの集落の様子から人口減少に伴う就学児童の減少が原因であることは察しがついた。

朽ちた校門の残骸を跨いで敷地内に入る。

入ってすぐにグラウンドが広がっており、その向こう側には三階建ての校舎が立っていた。てっきり木造かと思っていたがバッチリ三階建てのコンクリートであった。

(木造の方が雰囲気あって写真映えするんだけどな)

持ってきたデジカメを構えて校舎の全体風景を何度か撮る。

写真を確認し、良いアングルからとれたものを見ながら校舎に足を踏み入れた。


廃墟探索は何度かしたが、廃校探索は初めてだ。中はもぬけの殻だったが、床や壁の痕跡はそっくり残っており、どことなく懐かしい感じがした。

特に入ってすぐの昇降口には思わず歓声が出るほどに何かしら感じ入るものがあった。

普段の会社や店の玄関には見られない独特の雰囲気につい自分の小学校時代の風景が呼び起こされる。

何段にもなった個人個人の靴箱がハチの巣状に繋がれて、それが何列にもなっているあの光景。靴箱に告白の手紙を入れて盛り上がっていたクラスの連中や、いじめられっ子の靴に画びょうが大量に入っていた事件などがブワッと脳裏を駆け巡り、懐かしい気持ちが溢れて仕方がない。

写真を撮りながら、勢いのままに校舎を回る。

ベッドのフレームだけが残ったこの部屋はきっと保健室。写真を撮る。グラウンドが見える大きい窓がある広い空間は絶対職員室。写真を撮る。床に焦げたような跡があるので、理科室か図工室だろうか?写真を撮る。

体育館への通用路であったであろう屋外の通路は残存していたが、体育館そのものは跡を残して更地になっていた。


一階、二階、三階とテンション高く回っていると、流石に疲れてしまった。

三階教室の一つに入って一服する。ガラスのなくなった窓から外に煙を吐く。見ると空は夕焼けがかっていた。明日も有休をとったので時間的に余裕はあるが、夜に廃墟を徘徊するなどゾッとしない。ブログを書けるだけの十分な写真も撮れたし、満足もした。このまま帰るのも悪くはないなと、煙草を消そうとしたとき、眼下に木造の建物があるのに気がついた。

それは木造校舎だった。再び歓声が口から飛び出る。

今までの部屋も劣化していたり、痕跡が残っていたりして情緒のある風景をカメラに収められていたが、それが木造の校舎になったときたら取れ高としては十二分であろう。幸い、木造の校舎は今いる校舎より二周りほど小さく、回るにも大した時間は掛かりそうにない。


おそらく旧校舎として残されているのだろう木造校舎に突入する。

入った途端、埃っぽい空気に包まれる。足を踏み出すたびに床がギシギシときしむ。

自然と口角が上がってカメラを構え、木造校舎の荒れ具合を写真に撮った。

幸運なことには、きれいさっぱり何もなかったコンクリートの校舎とは違って木造校舎の方は当時のものが残っていた。机や椅子だけでなく、教科書のようなものまで床に散乱している。保健室には人体模型や保健教材。理科室にはホルマリン漬けや人骨標本。大広間のようなところには当時の写真のようなものが飾られており、ニヤニヤが止まらない。

まるで生徒、教師が突然いなくなってしまったような様子だった。

今回の調査を掲載したら、結構見られるだろう。もしかしたら、話題になって今までの記事の閲覧もかなり増えるかもしれない。


満足しながら三階に行こうと踊り場にさしかかったとき、何かがきらりと光るのが目に入った。

思わず足を止め、そちらの方を見やると、身の丈ほどの大きな鏡が踊り場の壁に取り付けてある。

私は首を傾げた。今までの学校の雰囲気と不釣り合いなような気がした。

鏡は縁取りが豪華な作りで、地元の有力者の寄贈品にも見えた。しかし、全体的な意匠が妙に現代的で場にそぐわない印象が色濃かった。

不思議に思いながらも、写真を撮ってから鏡を背に階段を駆け上がる。三階に足を踏み入れた瞬間、悪寒が私の背筋を駆け抜けた。思わず振り返ると、鏡越しに私がこちらを見ていた。廊下の窓の外を見るとすっかり夜だった。

私は上着の前を留め、三階の探索に取り掛かった。


廊下から見る印象では三階は教室しかないようだったので、あまり期待はしていなかった。廊下をホロホロと歩いていると、黒板に興味深いものが書いてあるのが見えた。

それは学校の卒業生たちの寄せ書きのようだった。

丸になるように卒業年と名前が連ねて書かれており、中央には「ありがとう!」と大きく書かれてあった。

思わずため息が漏れた。

自分も小学校の時に同じようなことを同級生たちとやったからだ。

それから思い出の波にさらわれて立ち尽くしたまま、黒板をひたすら見つめ続けた。

思えば学生時代には様々な選択肢があった。進学もそうだし、勉強をするかしないかもそう。夜更かししてゲームをするか、キチンと寝るかもそうだった。

私はどちらかと言えば享楽的な性格だったので、部活やサークル活動などの楽しいことには熱心だった。高校や大学も興味のある部活や勉学が楽かどうかで選んでいた部分もあった気がする。

今思えば、そうした選択は浅いものだったと思う。将来どうやって生きるか、社会という怪物とどんなふうに付き合っていくかなどという尺度は当時の自分には全くなかった。もちろん全く考えていなかったわけではない。仲間内でちょっとぐらいは話したことはあった気がする。

ただ、確信を持って言えるのは当時の選択は出せるベストのものだったということだ。確かにもっと考えていれば現状が良くなったことは間違いがない。しかし、当時の自分は未熟で、自分の現在ですら碌に消化しきれていなかったのに、どうして将来のことを考えていられただろうか?

私は教室の中央に立って黒板全体を写真に収めた。


すっかり暗くなった校舎内をスマホのライトで照らしながら歩く私は不思議な満足感と疲労に包まれていた。撮りたいものが撮れただけではない、何か大切なことを学べた気がした。

窓から見える月に鼻歌を歌いながら階段にさしかかる。足元を照らしながら、一段一段降りる。

踊り場に降り立ち、左を向いたときに鏡に誰かの顔が写った気がした。

心臓が飛び跳ねたようになって慌てて鏡を見る。

そこに映っているのは、何のことはなく自分だった。滑稽なほど驚いた顔をしていたのですぐに笑顔に変わった。

「思ったより疲れてるな……」

踵を返すと、ライトの光の端に何かが写り込んでいる。きちんと照らすと老人が顔を半分だけ出してこちらを見るともなく見ていた。

ブワッと鳥肌が立つ。

もちろんのこと、鏡の前にいるのは自分だけである。にもかかわらず、鏡には老人の顔が半分だけ映っており、それは微かにブルブル震えてこちらを見ているのだった。

しばらくして見つめ合っていると、老人は自分を見ているわけではなく、自分の方を見ているだけであることが分かる。そしてその老人が誰かに似ていることに気付いた。

「じい……ちゃん……?」

そう呟いた瞬間、老人はギュンと素早く右を向いた。思わず肩が跳ねる。老人は直接自分の方を見る角度でぴたりと止まり、あえぐようにし出した。

誰もいないのに踊り場にはゼヒ、ゼヒ、と荒い息遣いが響く。

老人が見る方向を辿ると、階段の上に誰かが立っているのに気付いた。振り向いても誰もいない。何度も確認しても誰もいない。頭痛がする。

それは一段一段階段を降りてきた。それが動くたびに、粘っこいボチャボチャという水音が響く。私は金縛りにあったようにそれが階段を下りてきているのを見ていた。五段ほど降りたときにそいつの顔が見え、息が止まった。

それの顔面はぐちゃぐちゃだった。下唇から上がただの肉塊になっており、原形を保っていないそこは動くたびに肉片が零れ落ち、それが着ているパーカーやダボダボのGパンを真っ赤に染めている。それは自分の方に近づいてくるようだった。

私はそうした光景を現実感なく受け止めていた。鏡には震える老人とにじり寄る肉塊、白痴の表情をした自分が写っている。それらをボーっと見ていると、肉塊が着ている服装に見覚えがある気がした。

「てゆーかあれ、大学時代よく着てた服じゃん……」

そこでふと連想したのが、大学時代に飲酒運転の車に乗ってしまいそうになった経験だった。

私は直感した。

肉塊は私のすぐ後ろまで来ている。

老人の喘ぎ声は激しく響いている。

誰ともなく発された、その言葉が頭の中に響いた。

「「「し…に…がおを…うつすぅ…か…がみ」」」

頭の中で何かが潰れる音を聞いた。


そして、私は真っ暗な林に囲まれた道路の上に立っていた。

(あれ、今まで学校に居たはず……)

体は汗だくで、息も切れている。あまりの恐怖にパニックになって走って出てきたのだろうか。

荒い息を抑えながら、状況を整理しようとポケットを探って携帯を探す。

無い。

バッグも持っていない。カメラも、ペンの一つもない。今の自分は服を着ているだけの肉の塊だった。

思わず顔を手で覆うと汗がびっしょりと手にまとわりつく。

周りには林と夜の闇が広がるばかりで頼りになるようなものは何もなかった。

「ここはどこだ……、車まで戻らなきゃ……、どっちの方角だ……、荷物を探さなきゃ……、ここはどこだ……」

私はただひたすら道路の真ん中に座り込んで自分のいる場所を考えて続けた。


※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍ちゃんねる 新春初禍話スペシャル」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(1:26:00ごろから)


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