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[禍話リライト]夜の妻[真・禍話 第二夜]

新卒入社二年目の僕の同僚には既婚者がいる。

大学卒業後にすぐ入籍した彼はしっかり高身長のイケメンだった。しかも有能で入社後すぐに仕事を覚え、バリバリとこなす。物腰やわらかで上司からの覚えもいい彼と低空飛行で何とか業務をこなしている僕とでは格の差みたいなものを感じて気後れしてしまい業務連絡ぐらいでしか話すことはなかった。

そんな彼と会社の飲み会のふとした瞬間に一対一で飲むことになってしまった。

僕と彼の共通点なんてない。変な汗をかきながら最近の調子など当たり障りないことを話していると彼の新婚生活の話になった。

「やっぱり、家に帰ると待ってる人がいると思うと違うもんですか?」

「そりゃあ違うよ!ちゃんと稼がなきゃとかの責任感もあるしね」

幸せそうに笑いながら酒を飲んでいる彼を見るとなんとなく親近感がわいてきた。どんなに有能な人でも同じ感情を持つ普通の人なんだな、と感じたのかもしれない。

「でも、大学生の頃から付き合っててそのまま結婚なんですよね?長く一緒にいるとちょっとは不満とか出てくるんじゃないですか?」

彼は少し眉をひそめて困ったように笑いながら答えた。

「うーん……、ちょっと気持ち悪いことはあるけど、その他に不満は特にないよ。うん、全然ない」

「気持ち悪いこと?」

夫婦間の表現としては少しおかしい。

「ひょっとして奥さんがすんごい心配性で携帯をいちいちチェックされるとかですか?」

「いや、そんなんじゃないんだけどね。僕が時々変な夢を見てしまうだけの話なんだけど」

ガヤガヤと騒がしい居酒屋の中で聞いたのはこんな話だった。

妻と結婚してから週に一度ほど、夜中に突然目が覚める。普段寝つきがいい彼にとっては異常なことであった。

ぼんやりした意識のまま布団にくるまり寝ようとすると、何かひやりとしたものが足に当たった。

ビックリして冷たい感触の先を見ると、ダブルベッドで共寝したはずの妻だった。暗い寝室の中、月の薄明かりに照らされた妻は目を見開き、口を限界まで開けたまま仰向けになって微動だにしなかった。

耳を澄ますと、ミシミシというかすかな音が聞こえる。

どうやら音は妻の首のあたりから聞こえてくるようだと気づき、よく見ていると妻の首は少しずつ伸びていっているようだった。

ミシミシと何かが裂けるような音を僅かに出しながら目の前でまるで何かに引っ張られるように妻の首が伸びていく。不思議と焦りを感じないまま、呼応するように瞼が落ちていく。何気なく手を伸ばして妻の顔や頬を触るとゴムのように硬く氷のように冷たい感覚が指先に伝わってくる。

これ以上は伸びない、というほどに妻の首が伸びた瞬間にふっと意識が落ちる。

朝になって汗だくのまま跳び起きると、いつも通りの妻がすでに起きていて安心する。

そんな夢の体験だという。

彼が話し終わっても何と言えば角が立たないか分からず黙っていると、彼は何でもないように笑いながら言った。

「まぁ、でも他には不満なんてないから別れるとかは考えたことないんだけどね」

本当に屈託なく笑う彼を見て少し鳥肌が立った。週一で最愛の人が死ぬほどの目に会っているのに何も思わない人がいるだろうか?

「でも、ちょっとは何か思わないんですか?例えば……」

そう言ったとき、彼の携帯に着信が入った。彼が慌てた様子で携帯に出るとすぐに話し始めた。

「もしもし。あ、うん。今、会社の飲み会の……、え、今日だっけ。マジか忘れてた。すぐ帰るよ。うん、ごめんね。はい、はーい」

彼は通話を切るとすぐ帰り支度を始めた。

「ごめんね、ちょっと用事できちゃったからもう帰るわ」

言うが早いか、彼はさっと立ち上がって上司に挨拶をしてから、居酒屋を出ていってしまった。

他の会社の面々の中にも徐々に帰り支度をしている人がチラホラ見られる。僕は彼の話をしばらく反芻していたが、何か気付いてはいけないことがあるような気がして、残った酒で妄想を胃に流し込み、帰り支度をすることにした。


※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「真・禍話 第二夜」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(7:50ごろから)


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