[禍話リライト]トンネルの宴[禍話 第六夜]
個人で経営している塾が閑散期に入ってどうにも暇である。久々に実家のある北九州に帰省することにした。
あくまで個人でやっているので、世間一般の休みとは微妙にずれている。せっかくなので鈍行を利用してのんびり帰ってやろう。
ガタンゴトン
ガタンゴトン
都会から徐々に田舎に移り変わっていく景色を楽しみながら、久しぶりにくつろいだ気持ちになれた。こういうゆったりとした時間は久しぶりである。乗客のスーツの割合も少なくなってきて、緩んだ田舎の空気の割合が増えてきた気がした。
そろそろ実家近くの駅に着こうかというとき、乗客のうちの一人に目が留まった。
あの面影は間違いない。中学のときの同級生でかなり仲の良かった奴だ。
懐かしいな、でもあちらは覚えているか分からないし、話しかけるのもな。迷っていると、向こうがこちらに気づいたようだ。
「お前、帰ってきたのか!全然変わんねーな!」
もう云十年にもなろうか、というのに覚えていてくれたことに嬉しくなりつつ、変わらない闊達な性格に安心した。
聞けば、仕事帰りだという。そいつは私の座っていたボックス席に対面に腰掛けた。二人だけの同窓会のような雰囲気になって、私はそれとなく近況を話した。
「それでさ、今実家帰るとこだったんだよ」
「へー、そうか!ところであいつ覚えてるか?ほら、いつもつるんでた………」
ある程度深い時刻にはなっていたので、他に乗客もいない。私たちは学生時代に戻ったかのようにお互いの話をしあった。たまには昔馴染みと会って他愛もない話をするのもいいものだ。特急を待ってる間に駅の自販機で買ってきた酒やつまみを燃料に、同窓会はさらに盛り上がる。
当時の通学の苦労について話していた時、ふとそいつが言ってきた。
「そういえばここら辺って窓開けちゃいけないって言われてたよな」
「あぁ、確かに…」
車内を見渡しても今はないが、その昔列車内にはそこかしこに貼り紙が貼ってあった。
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〇〇駅から▽▽駅 の区間では
空気が悪くなるので窓を開けないようにお願いします
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太字で書かれたその張り紙は、他の路線では決して見ない奇妙なもので、他の路線にはこんなのないよな、と学校内でずいぶん話題になっていた。
恥ずかしながら、私も中学生の時分はずいぶんやんちゃであった。友達グループで共謀してこっそり開けてしまおうとしたことは何度もあったが、この地域にさしかかるたびに必ず車掌さんが見回りに来て、きっちり窓を閉めていく。毎回欠かさず注意までされてしまっては、流石に気が引けてしまい、次第にやる気は失せて、結局やったことはなかった。
しかし、改めて思い返すと不思議である。
その地域は山がちなところである。開発もされておらず、工場などの空気が悪くなるような原因は見当たらない。それどころか建物もなく、人も住んでいない。ただトンネルを2個通過するだけの何でもない区間であった。
「結局あれって何だったんだろうな、トンネル内がヤバいのかな。なんかガスが出てるとかさ」
私が答えると、友人は中学生に戻ったようにニヤリと笑ったかとおもうと、立ち上がって電車の窓を開け放った。季節は秋口。まだ少し熱気の残った風が車内に流れ込んだ。
「ってオイ!お前何してんだよ!」
「まぁまぁ、このまま開けておいてみようぜ。変なニオイでもしたら閉めりゃいいんだよ」
ひょっとしたら車掌さんが見回りに来るかもしれない、などと内心びくびくしていたが、結構夜が深いこともあってか、誰も来ない。乗客も私たち以外はいないので、例え何かあっても迷惑はかからないと思えた。
「絶対何もないよ、大丈夫だって」
「ホントかよ……」
友人は酒をのみつつ、適当なことを喋っている。
見ると、友人のこめかみから一筋の汗が流れてきた。
気付けば私も汗ばんでいる。
やがて、列車がトンネルを通過するはずだ。
話しつつ外を気にしていると、突然外が真っ暗になった。トンネルに入ったのだ。
バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……
長いトンネルの通過音を聞くうちに、なんだか面白く思えてきた。
「お前ビビりすぎじゃない?」
私がそういったのを皮切りに、何に緊張していたのか分からなくなっておかしくてお互いに揶揄し合った。そうこうしているうちに一つ目のトンネルが終わってしまって、拍子抜けした。つい先ほどまで緊張していた私たちが間抜けに思えて、さらに笑いがこみあげる。
「ガスの臭いもしなかったし、多分トンネル通るときに音がうるさいってんでしつこい苦情でも入ったんだろう。それで全面的に窓閉めることにしたんだろうな」
馬鹿馬鹿しかったなと笑い合う。往年の謎を解決できた高揚感も手伝って、二人宴会はさらに盛り上がった。
そうしているうちに二個目のトンネルにさしかかった。どうせまた何にもないんだろう。窓からの風を楽しみつつ、笑いながら酒を飲んで昔話に花を咲かしていると、ふとした話の隙間に何かが入り込んだ。
あっはっは…
ほっほっほ…
はっはっは…
「おい、何か聞こえないか。誰か笑ってるような」
「あ?俺たちみたいに他の車両でも窓開けて宴会してんじゃないの?俺たちも笑ってやろうぜ!あッはッは!」
しかし、何かおかしい。
他の車両で宴会を開いているなら、笑い声はずっと同じ音量であるはずなのに、それは先ほどよりも大きくなっているように聞こえる。声を聴くに十何人ほどの男性が談笑しているような雰囲気が感じられて、他の車両から聞こえるとは考えにくかった。
そうこう話しているうちに、笑い声が極限に大きくなった。私たちがいる車両全体に、上流階級の紳士たちのパーティーを連想させる笑い声が響き渡った。
あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!
ほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ!!!
はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!
笑い声が響く車内で、私と友人は身じろぎも出来ずに、ただ目を見合わせることしかできなかった。
やがて笑い声が遠ざかっていった。
私はすぐに窓を閉めようとするが、脱力してしまってうまく体が動かない。席の肘掛けに縋るようにして、体を動かして何とか窓を閉める。
なんだったんだ今のは。
座席に体を投げ出し、震える体を抑える。
音の響き方と言い、明らかに人のものではなかった。
時代劇でみる昔の貴族のような笑い声。トンネルで工事している人がいたとしてもあんな声は決して出さない。
しばらく呆然としていたが、友人に話しかけようとして眉をひそめた。
友人の様子がおかしい。顔に血の気がほとんどない。
「え、おい大丈夫?」
唇が紫色になっている友人は震えながらうなずく。額に手を当てると熱があり、すごい量の脂汗をかいている。持っていたタオルで顔を拭くも、汗がひく様子はない。具合を聞いても、か細い声でうわごとのように、大丈夫……、と答えるのみである。
しばらく看病していたが、私が降りる駅が来てしまった。
憔悴している友人を置いていくのは忍びなく、大分迷った末に仕方なく車掌さんに友人を頼んで先に帰ることにした。
「〇号車に体調の悪いご友人いらっしゃるんですよね?到着駅にも連絡しておきますから大丈夫ですよ」
「すいません……よろしくお願いします…」
列車を待たせてもらいながら、友人のところに駆けていく。
「ごめんな、車掌さんにも言ったから。ちゃんと帰れるか?」
友人はもはや頷けないほど体調が悪化しているようで、うめくように返事を返してきた。
私は尋常ではない様子の友人に後ろ髪引かれながらも列車を見送った。
窓越しの友人は目を堅くつむって、微動だにしなかった。
列車はゆっくりと駅を離れていった。
トボトボ帰ると、もう父も母も寝入ってしまっているようで実家は静かだった。風呂に入って適当にご飯を食べる。列車内の出来事で疲れたこともあってか瞼が重い。
自室である和室にふらふらとたどり着き、壁際に布団を敷いて横になる。
しかし、もう眠いはずなのに寝付けなかった。どうにも電車に置き去りにしてしまった友人が気になって仕方がなかった。唸りながら、寝返りを打とうとする。
体が動かない。
え?なんだこれ、金縛り?
何とか動かそうと懸命に力を籠めるが指先一つ動かない。焦っているうちに、妙な音が聞こえてきた。
ずーっ
ずーっ
畳の上で何かを引きずっている?
目を開けて見渡そうとするも、体が動かない。
動け!動け!
金縛りにあったときってどうするんだっけ?確か体は寝ているけど、脳は起きてるとかいう状況で……、どうすればいいんだ?なんとか知識を思い出そうとしているうちにも、その引きずる音は大きく近くなっていく。
ずーーっ
ずーーっ
パニックになりながらも、体は一切動かないので耳だけが冴えていく。
複数の何かが布団の周りをまわっているようだった。
右隣は壁であり、壁の向こうは物置だ。物理的に布団の周りをまわるのは不可能なはず。
しかし、周囲をズルズル回ってる何かはそんなことは構いもせずに私を囲んで回っている。とうとう、布団の縁に足を引っかけている感覚が背中越しに伝わってきた。
一体何が起こっているんだ!?
相当な力を込めて、首を力ませると何とか顔が動くようになった。バッと音の方を見る。
最初に見えたのは足袋をはいた足だった。足袋が畳を擦れるたびに音が出る。
何かに操られるように目線を挙げると、貴族風の衣装を着た男と目が合った。
男はにっこりと笑いながら、私の眼をのぞき込んでいた。そうして私が寝ている布団をなぞるように壁に消えていった。すると、また別の衣装を着た別の男が同じように私を観察して、足袋を畳に擦らせながら壁に消えていった。
それは私が気を失うまで、ずっと続いた。
ハッと目が覚める。外を見たら早朝だった。
汗でべしゃべしゃになった布団と寝間着を洗濯に放り込み、震える体で無理やりシャワーを浴びる。
彼らは絶対にトンネルで笑っていた人たちだ。理屈ではないが、肌で感じた彼らの雰囲気と笑い声の雰囲気は符合していた。
一体なんで私のところに……、と思ったところで、嫌な想像が湧き出た。
もしかして、あいつの所にも彼らが行っただろうか?
あいつが急に具合が悪くなったのも彼らと関係があるのか?
そう思うと居ても立ってもいられなくて、体を拭くのもそこそこに風呂場から飛び出た。自室の携帯を取り出して友人の家に電話する。
プルルルル…
プルルルル…
しばらく待ったが、電話は繋がらない。念のため、職場に電話してみたが出勤していないそうだった。
これ以上なく心配だったが、これ以上の連絡手段は知らないため悶々と一日を過ごした。
次の日、実家に電話があった。母が夕食の支度中だったので、私が受話器を取った。
「もしもし、こちら警察です。○○さんはご在宅でしょうか」
「え?警察?○○は私ですが…」
「あぁ、○○さん。ご友人を最後に見たのがあなたということでお話を聞きたくて連絡しました」
“ご友人を最後に見たのがあなた”?
手足から血液が失われていくのを感じた。
警察が言うには、車掌が友人が降りるはずの駅で様子を見に行っても友人は居なかったという。ただ、かばんは置いてあって、中には貴重品の類もそのまま残されていた。これはおかしいということで、防犯カメラを見ても友人が駅を降りる様子は映っていない。途中で飛び降りた可能性も考えて、警察が呼ばれたが、今のところ発見されていない。そこで、最後に見たと思われる私に話を聞きたいらしい。
「話も何も……、私は……」
「電話ではなんですので、直接話を聞きたいのですが、今度署まで来て頂いていいでしょうか?こちらから出向くのも可能ですが」
それから警察に事情を説明する約束事を交わしたが、私はもうやりきれなかった。
友人が、消えてしまった。
あの貴族風の男たちが関係している?
何で警察がこんなに早く動き出すのか?
私が疑われているのか?
友人はどこに行ってしまったのか?
私はどうなってしまうのか?
私は泣きながらその場に座り込んでしばらく動けなかった。
それから私は事情を聴かれただけで警察からは解放された。
しかし数年たった今でも、友人は遺体すら見つかっていない。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話 第六夜(1)」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(07:00ごろから)
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