養成所13期生のこと

養成所13期生の時のある日。

当時自分は養成所の運営と、ライブ「バカ爆走!」の制作をまかされていた。
前任者が作ったライブの中のコーナー「ワイルドカード」のネタ見せも毎月やっていた。ネタ見せとはいわばオーディションのことね。
このコーナーは、人力舎所属以外の芸人たちが出演して1対1のネタバトルをやる。審査員は観客。5回勝ち抜くと「バカ爆走!」のレギュラーになれるという企画だった。おぎやはぎもこのコーナーがきっかけで人力舎所属となった。
まだ他事務所が積極的にお笑いライブをやっていなかった時期だったこともあり、毎回そのネタ見せにはフリーも含めて多くの芸人たちが参加していた。多い月には60組以上参加する時もあった。15時半から23時位までかかる時もあったのだ。

ある月のネタ見せの真っ最中に、一階下の事務所から「今すぐ来てくれ!」との伝令が来た。
いやいや芸人さん、まだまだたくさん待ってるのになー。なんだべ?
と思いながら事務所へ行くと、何やら暴力の臭いをまとったオッサン2人が社長のデスクの向かいで腕組みしながら座っている。ごま塩角刈りジャンパーとオールバックメガネスーツ。
ヤクザが難癖つけてきたか? ああん!
「お前ちょっとよお、話聞いてやってくれや。」
男たちが名刺を差し出してくる。
け、警視庁!?
ヤクザじゃないの!? 人相最悪なのにぃ。
驚いた。警察に協力しろと社長が言うとは!
というのは、数ヶ月前に近所の交番のお巡りさんが巡回で訪問してきたことがあった。お茶を飲みながら世間話みたいな感じで話をしていたら急に社長が激昂し始めた。背を向けて座っていたので表情の変化には気が付かなかった。
いくつか質問をされているうちに何か尋問されているような気分になったのだろうか、「何で質問ばかりしてくるんだ!国家権力は何でも調べりゃ分かるだろう!ふざけんな!」
国家権力ときた。
そんなことはないです。世間話するつもりで…。
いや、とりつくしまもなかった。
帰り際に目が合った。
すいません。
いや、わかってますよ。
という無言の目配せ。
そんなこともあったので国家権力に協力しろとの発言に驚いたのだった。
聞けばある男を探しているとのこと。写真を見せてきた。正面と横顔。あ、映画でよく見る犯罪者の写真の撮り方ね。
「知ってますか?」
は、はい。うちの生徒です。
そう!そいつは養成所にいる奴だった!生徒だったあ!
います、こいつ。生徒です。こいつ何をやらかしたんですか?と聞けば、
「いや、教えられないんですよ。」と言いながら手帳を開いている。
「手帳には全部書いてあるんですがね。何かの拍子でみられちゃう時もあるんですよ。あ、トイレお借りしてもいいですか?」
手帳を開いたままデスクに置いていった。
見ろということ? ごま塩角刈り、お茶目なのか? 相方のオールバックスーツは無理矢理社長と世間話し始めた。こちらをあえて見ないふり。
見ていいってことかあ。
見た。
字のクセ強すぎて全然読めないじゃん!
戻ってきた。
あのお…、読めないんですけどぉ。
「あ? じゃあ捜査協力のためということでしょうがないか。実はオレオレ詐欺のグループで…」
!!!!
「三重県では指名手配かかっていて…」
!!
ひっでー奴だった!
「判明したところでは外車を5台持っていて…」

「被害額2億まで追跡できたんですが…」
!!!
「ほらな、やっぱりな。」と社長。
あーー!やっちまったあ!
実はその詐欺野郎、13期生のオーディションの時にはいなかったのだ。
一週間ほど遅れて履歴書が来て面接をした。
ピラニア軍団から出て後年は人情味あふれるキャラクターとして活躍した室田日出男さんをつぶしたような顔をしていた。
熱量が凄かった。どうしても芸人になりたいんです!と熱弁をふるってきた。
その思いに呼応して入れることにした。そいつが帰った後社長が、
「あんなの入れんの?」と聞いてきた。
いや、今までも人相悪い奴入れたじゃないですか。吉本さんの芸人も悪い顔いっぱいいますよ。
「ふうん。」
それに、60万ですから。
「ふうん。ま、いいけど。」
そんなことがあったのだ。
だっから「やっぱりな」と社長が言ってきたのだ。
養成所なんだから、探偵じゃないんだから、履歴書信じて対応するしかないんだから、履歴書以外は調べないんだから、そんなもんだからあ。
犯罪犯してる奴が芸人なんていう人前に顔をさらす仕事をしようと思わないんじゃないの!?
あー、しっかし、オレオレ詐欺なんてお年寄りを欺す卑劣な犯罪なんか許せんぞ。
「今どこにいるかわかりますか?」
だいぶ前からそいつは授業に出てこなくなっていた。
履歴書の住所にはいないと言う。
「では、どなたか仲の良かった人教えてください。」と刑事。
今、ネタ見せ中なので(見学のため)生徒何人か上の稽古場にいます。もう解散したけど前の相方がいます。呼んできましょうか?
「お願いします。」
4階へ行ってその元相方を呼び出す。3階の事務所へ行くまで事情を説明して協力を頼んだ。
性格の良い子なんで少し心配した。刑事に耐えられるか?
「携帯番号知ってますか?」と刑事。
「はい。電話しましょうか?」
「いや、後で。一緒に来てもらえますか?」
「いいすよ。」
前後に密着されて3人は出ていく。まるで連行されるようだった。
連行って!
社長がニヤニヤしながら、「パチンコやって帰るから。」と出ていく。
すいませんでした、とは言わなかったよ。
4階の稽古場に戻りネタ見せを続けた。
やたら腹が減った。
後片付けを手伝ってくれた詐欺野郎と同期の生徒を誘って食事に行った。お酒も飲んだ。
何があったのか聞かれたので説明してやったが、あまり驚いていない様子。
「あいつ、授業ん時、すっげえ車で来てたんすよ。」
「よく奢ってもらいました。」
「あいつ、セカンドバッグ持ってましたよね。」
うん、持ってたな。なんだお前セカンドバッグなんか持って。趣味悪いなあっていじったことあるよ。財布ですって言うからバカ言ってんじゃないよ!ってツッコんだことある。
「あの中に札がびっしり入ってました。」
なんじゃそれは!
騙された思いで悔しかったなあ。酒も進むでしょ!
「あいつ、休み始めた後入院してたんですよ。で、お見舞い行ったら顔が変わってました。アゴがしゃくれてなくて別人になってんすよ。」
なんだよもう…。教えてくれよお、もっと早くにい。
何だか自分だけが悪いことしてしまったようだ。
酒が進んでいくばかりだった。

その後どうなったのか自分にはぜんぜん知らされなかった。毎月やっているライブの本番が近くて忙しかったし、敢えて考えないようにしたからかも知れない。
だいぶ経ってから聞けば、ちゃんと逮捕できたとの連絡があったとのこと。
携帯に電話してうまく誘き出せたんだと。元相方の協力があったからかどうかは教えてくれなかった。
同期の多くが連絡先を知っていたことだから他のやつでもよかったかなあ。
元相方は結局人力舎に入らず、吉本の養成所NSCに入る。うまくやっていたが、今どうなっているかわからない。
数年後、今は別の事務所で芸人をやっている同期芸人とと飲む機会があった。刑事が来た日にネタ見せを手伝ってくれた奴だ。
昔話。当然同期の詐欺野郎の話になっ る。
「あいつ、刑務所から連絡よこして差し入れをせがんでくるんですよお。」
何だと!
「退屈だから本の差し入れして、って。」
本なんか読むのか?
「それがお笑い関係の本ばかりリクエストしてくるんです。」
…………!
まだ芸人に未練あるの!?
無理じゃんよお!

なんで詐欺師になったんだい!?

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