「心」2.魔法

その夢は闇の中だった。急に声が聞こえてくる。あの小鬼の声だ。姿は見えない。夢から覚めると夢を忘れていたが、夢の中に入ると記憶が戻っていた。「君には今日から魔法を使えるようになってもらう」

「魔法?そりゃ使えたら夢のようだね」僕はよく分からないまま返事をした。

「そりゃそうだ。君は夢の中にいる」

「魔法を使うために、君には本当に初歩的なことを教えなければならない。しかしこの初歩こそ、いつまでも忘れないで欲しいところだ。つまりいきなり本題というか……。君は今、夢の中にいる。夢の中とは何の中だ?」

「何の中?夢の中は夢の中だろう?」

「それはトートロジーというやつだ。トートロジーも大切なことだけど、今は置いておこう。君は魔法を使って世界を救わなければならない。この世界をね。この世界とは夢の世界だが、とどのつまりここは何の世界だ?」

ここは何の世界?この話にツッコミどころはたくさんあるが、とりあえずそうだな……。「ここは単なる心の世界だ。現実には物が在るが、この夢の世界にはそんなものはない。単なる心の世界」

「うん。そうだ。単なる心の世界。例えばここに公園を想像してみよう。そこに公園が有るか無いか。その時にそんなことを考えるのはナンセンスだろう。君はこれから時間と場所を選ばずに、あらゆるものを起こすことをしてもらう。それが魔法だ。君は時間と場所を選ばず火を起こせるし、水を出し、木々を生やすことも出来る、これから君はこの世界を作る。この世界はまだ眠っている。君が起こすんだ。ところで眠っている世界は例えばどこにあると思う?」

「何だか、RPGツクールみたいだね。僕が世界を作るか。まあここは夢の世界だし、それでも全然構わないけど。どうでもいいからね。夢の世界だから。しかし眠っている世界?よく分からないけど」

すると突然、僕の手の中に分厚い本があった。

「どうでもいいとは大きく出たものだ。夢の世界がどうでもいいと。それはそうと、つまりそれはそこだ。眠っている世界は例えば本にある。ある物語が本の中にある時、それは読まれるまでは起こらない。読まれた時に起こる。本の中にはあらゆる時間と場所が眠っている。逆を言えば本の中で時間と場所を起こすことが出来る。時空に関する魔法は最後に学んでもらいたい。とりあえずは君はその本を読むこと。イメージ通りの魔法使いみたいに杖はいらないよ。君が手を出して、差し出した方向に魔法をイメージすればいいだけだ。言っておくがイメージは魔法においてとても大事だよ。まあ何はともあれまずは火を起こしてみよう」

火を出すって言ったって……、と思ったが、楽しそうでもあるしやってみることにした。本をめくってみる。火の絵が描かれているページがあった。そこには火に関する物理的なことが書いてあった。そこには文章もあるし数式もあった。まるで物理学の教科書だ。しかしその最後のページに火は情熱や怒りとも結びついていると書いてあった。

僕は火に対するイメージが湧いてきた、そして小鬼の言った通り手を空中にかざすとそこに火が生まれた。小さな火だった。それはすぐに消えた。

「まずはそれでいい」小鬼が言った。

「よく読んでみること、それが魔法を強くする。まだ君は本に書いてあることをちゃんと理解はしていないはずだ。」

ムッとした。僕はまた本を読む。今度はさっきより丹念に読んでみる。するとさっきは分からなかった所が分かってくるのだが、同時にもっと分からないことが増えてきた。自然にページをめくると、さっきはなかったページが増えている。火に対する内容がより詳細になっていた。

そしてまた手を空中にかざして火をイメージする。そこには確かにさっきより強い火が起きた。

「うんうん。夢の中で魔法を起こすのはシンプルと言えばシンプルだ。しかし最も早く魔法を強くするのは、他ならぬ心だ。君のイメージした火にも心がある。君が読んだ火にはどんな心が伴っているか、それを火に込めてみるんだ。実際それが火をもっとリアルにする。それじゃあ今日はここまで」

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