魂の自由
こと自由意志に関して、現代の有名な議論はほとんど、表層意識における意志のみに焦点が当てられた。しかし、哲学史にはさすがに別の自由意志についての議論がある。阿頼耶識や潜在意識の自由、換言すれば、魂の自由、精神の自由である。
この自由は重要で、この自由も身体性に依拠するところはあるが、それよりも遥かに広大無辺な領域を有している。私は何よりこの自由について考えたい。神経がどうたらこうたら、と言う前にまずこのことについて、考えるべきではないか。すなわち私の魂は束縛されていないか。
凡そ、現代の精神を治癒する手段は、化学薬品が主流だが、これは魂を治癒するというより、表層意識が整うと言った方が良い。当然、大切なことだが、魂の治癒においては、依然として精神分析は有効だろう。
そして哲学をすることで、魂が自由になり、癒えることもある。そもそもソクラテスやプラトンにとって、魂を美しくすることこそ、哲学をすることだった。
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