アタシとあなたのなんでもない日々 第1話
第1話 おみくじと書いておまもりと呼ぶ
引いたおみくじにアタシは肩を落とした。
「うっわ……凶とかまじ最悪……」
占いはあんまり信じてねえ方だけど、悪いのが出るとさすがにテンションなえるわ。寒い風と寒い空気のせいでテンション下がってるっつーのに。
おみくじをポッケに入れてデッカイ木の下でぼんやりしているツレに声をかける。
「ユウは?」
ワンテンポ遅れてユウは顔を上げた。目にかかりそうな前髪を払いもせず、ぽつりと一言。
「大吉」
表情はのぺーっとしているが、声だけで分かる。
「えーいいなー。見せて見せて」
「ん」
こいつめっちゃ嬉しそうだなって。
ユウのおみくじには縁談来ねえと賭けは破滅の始まり以外良さそうなことばっか書かれてる。まあ、大吉だからな。
(いや、アタシが引いた時もそこまで良いこと書いてなかったっての)
フツーのやつならはしゃぐかツブッターにアップすんのに、ユウときたら「クフフ」と笑うだけでじっくり見てやんの。で、見終わったらカバンからスケジュール帳を取り出しておみくじを挟むんだ。
「また入れんの?」
「吉が出たから」
ユウいわく吉とつくものは今年一年のお守りになるんだとか。
わけわかんねえルーティンだな。ま、長い付き合いだから何も言わねえけど。
ちまちまとおみくじinスケジュール帳をカバンにしまうユウのつむじを眺めてると、目と目が合った。
「アイは?」
「凶だよ……」
ポッケからちょっとクシャクシャになってるおみくじを広げて見せると、ユウの目が泳いだ。表情は変わってねえ。器用だな。
「あー、えーと、その……一個だけ良さそうなこと書いてあるよ」
運勢、凶。【恋愛】前進無く後退無く。
「私と関係変わらないって」
「それは嬉しいけどさぁ……」
四年以上付き合ってんのに、キス止まりってのはなんか物足りねえ。別にキスもハグもデートも不満じゃねえ。むしろ寿命が伸びるぐらい嬉しい。けど、それだけじゃ退屈だ。
(ジュディマリのラバーソウルになりてえ)
セックスしてえわけじゃねえ。ただユウとの関係を前進させてえというか、もうちょい性的なアレコレをしたいっていうか。
(でも、そんなことして壊れたらやべえよな)
無理強いしてまでやりたくねえし。そんなんするぐらいなら今のままで充分だ。でもーー。
「どうしたの?」
「なんでもねえ!」
無垢な子どもみてえな瞳で顔を覗き込むユウは危険だ。あいつの瞳を見たらいろんなもんを煽られちまう。落ち着けアイ。ユウは誘ってねえ。ユウはアタシの様子が気になって聞いてるだけだ。その証拠に。
「顔赤い。寒いの?」
「当たり前だ!」
鈍チン主人公の定番のセリフをのたまいやがって。
白い息を唸りながら吐いていると、手から紙の感触が消えた。ユウが取って行ったのだ。
アタシの凶のおみくじを折りたたんだユウは
たくさんのおみくじがくくられてる場所に向かっておじぎをし、ぶつぶつと呟きながら結んだ。
ユウの格好はモッズコートにジーンズと至ってシンプルで、しかも髪の毛ボサボサの後ろはねっぱなしなのに。
(キレイ……)
あの横顔はズルい。アタシが恋人じゃなくてもキュンとくるし。恋人だから倍以上だ。
終わった様子のユウの肩に腕を乗せてさっそく聞いてみた。
「あんたさ、何言ってたの?」
「んーと、祝詞」
「のりと?」
「RPGでいうおまじない、祝福魔法みたいなもの、かな?」
「疑問形で聞かれてもアタシにはさっぱりだっつーの。で、なんて言ったの?」
おまじないに祝福魔法って例えがきたら呪文イコール厨二だな。シンラバンショウのアッキラセツどもよ我が光の前に散れとかか?
そう思っていたアタシの予想をユウはいとも簡単に裏切った。
「アイにイヤなことが起きませんように」
「アイのやりたいことたくさんやれますように」
「それを私と一緒に出来ますように」
ここが木の下で、通行人に後ろを向けてて良かった。こいつのこの顔はアタシだけのもんだ。
「ーーシンジン深えな」
「吉なら吉になる一年にして、凶なら凶にならない一年にしようってだけ」
「そこは現実的だな」
まったくよく分かんねえやつだ。ユウのその考えどっからきてるんだ?
まだまだ底が知れねえユウを分析しようと頭を回しかけて止まった。
「何かに寄りかかって責任を投げ出す真似はもうしたくないの」
ユウが木から離れてカバンを握りしめていた。震えている足を時折叩きながら。
「……一人で立ちっぱなしも辛いだろ。ほら」
握りしめてる片腕をカバンから外して腕に絡ませる。ついでに指を絡めれば、僅かな隙間が無くなった。
ぬくもりがより近くなった距離でユウは頬を寄せながら言った。
「そうだね。お腹も空いてきたし。なにか食べよう」
「おー」
そしてソースと甘い匂いが漂う屋台の群れに向かった。
ユウのおまじないはさっそく効いたようだ。
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