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退院後の生活

こんにちは。

『音楽家として生き続けること』を永遠の課題としている、だいぞう(坂本大蔵)と申します。

長らく書いてきたヒストリーも、この記事で一区切りとなります。

次に書き足す時は、再び大きな出来事がある時。

今回は、退院後の生活について書いてみたいと思います。

・・・

1.退院

退院後は、家族との再会に胸を躍らせていました。

帰宅したのは、妻が子供達を幼稚園に迎えに行っている時間帯だったので、自宅の2階に隠れて待機していました(笑)

そして、子供達が帰宅したのを確認して、2階から声を発すると...

「あれ?パパの声がするー!」

からかって何度か遊びつつ(笑)、下に降りて

『ただいま!!』

「あーーーっ!パパだー!!!!」

・・・人生で一番長く感じた2週間。

家族との久々の再会に心温まりました。

2.再始動

再会の喜びも束の間。

すぐに、今後のことを考えねばならない局面に立たされていました。

有りがたいことに、労災の適用によりある程度の生活費は賄えることになりましたが、それでも現状を維持して行くことは難しい。

まず、声は出るし両手は動くので、スクールの仕事は退院3日後には復帰しました。

補装具を装着し、松葉杖をついての勤務は中々大変でしたが、弱音吐いてる場合ではありません。

また、入院期間に開催を予定していたスクールでのオンラインセミナーも、僕の怪我により延期にしてしまいました。

楽しみにしてくれている参加者の為にも、家族の為にも、歩みを止める訳にはいかない。

すぐにセミナーを開催し、通常のレッスンも再開しました。

退院後、2ヶ月間位は勤務する度に傷口から出血もあり、復帰初日は移動だけで片道3時間位かかりました。
(通常は1時間半で着ける距離)
それでも苦にならなかったのは、仕事ができる喜びの方が勝っていたからだと思います。

3.仕事を追加

労災保険とスクール業務。

ただ、これだけでは足りないのが現状でした。

何でも良いから、足を使わなくてもできる範囲で、少しでも生活の足しにできる仕事を始めようと、久々に求人誌やネットで仕事を探しました。

しかし、怪我で制限があることから、在宅ワークをメインに探していたのですが、このコロナ禍でこの手の職種は競争率が高いご時世。

『甘かった...』

しかしそのタイミングで、地元で昔からお世話になっていた人から、連絡が入りました。
(入院中にも心配して連絡をくれました)

『丁度、事務の仕事の人材不足で人を探している。在宅でもできる内容だから、もし良かったらやってみないか?』

・・・まさに、天からの恵みの声でした。

『ぜひやらせてください!!』

半ばすがる思いで二つ返事でお願いし、地元(群馬)で会うスケジュールを決め、10日後に向かうことになりました。

4.前厄の脅威(笑)

すぐにでも仕事を始めたい気持ちを抑え、リハビリとスクール仕事に励みつつ、約束の日を迎えました。

仕事で使うパソコンと、1日分の宿泊用の荷物をリュックに詰め込み、松葉杖と補装具を装着し、いざ群馬行きの電車に!

・・・乗車5分後

「ごめんなさい」

約束をしていた、相手方からのLINEでした。

「高熱と息苦しさが酷く、救急車で病院に運ばれました。これから検査を受けますが、コロナの可能性が大きいです」

・・・なんたるタイミング!!

相手を心配する自分と、同時にやって来た絶望感。

『僕のことは気にせず、ゆっくり休んでまずは安静にしてください!』

電車を折り返し、言葉とは裏腹に、しばらく駅のベンチに座り途方に暮れていました(笑)

『あ、これが前厄ってやつか』

そんなことを思いました(笑)

結果、その方は検査結果からコロナでは無く、疲労やストレスから来た一時的な症状だった様です。
とはいえ、検査から2週間は人との接触もできない為、この話は無しになりました。
今は元気に過ごされており、何事もなくて良かったです。

5.新たな音楽講師の仕事

さて、仕事探しはふりだしに戻りました。

貯金を切り崩しながらの生活も、いずれ限界は来る。

また、昨年末にコロナの濃厚接触者になった時、突然の自宅待機要請により仕事が全くできない時期がありました。

丁度、年末年始も絡み稼ぎ辛い時期の待機要請のダメージは大きく、長引くコロナ禍の影響もあり、そのタイミングで少し借金もしていました。

『これ以上、借金をするのも貯金を切り崩す訳にはいかない!』

少し焦っていました。

そんなタイミングで、スクールの他の先生から

「楽器講師の募集をしている企業がありました!」

こんな情報をいただきました。

蓋を開けてみると、楽器やDTMのオンラインレッスンに特化した企業でした。

好きな内容だし、自宅で仕事もできる。

また、自分の楽器の演奏力を試すチャンスでもある。

条件等も見て、すぐに応募しました。

その後、書類選考が通り、一次選考である実技審査も通り、二次選考のオンライン面接に辿り着きました。

面接は、その会社の社長さん自らが行ってくれたのですが、何よりも人との縁を大切にされていることが解り、会社の理念や思想に共感できることも多く、良い話をたくさん聞かせていただきました。

そして面接の結果、協業させていただくことが決まりました。

こちらのスクールでは、楽器講師としてのみ携わっております。

6.40歳という節目に

さて、『note』を始めて1ヶ月に亘り、『好きなことをやり続ける』をテーマに、40年間のヒストリーを書いて来ました。

拙い文章力の記事を、ここまで読んでくださった皆さんには、感謝の気持ちでいっぱいです。

僕自身、これまで悔しい出来事も、辛い出来事もたくさんありました。

そして、失敗もたくさんして来ました。

それでも、全ては今の自分を形成してくれた出来事で、無駄になったことは一つもありません。

また、今回あえて『今』や『未来』の話ではなく、『過去』と向き合う時間を作ったのは、弱い自分、ダメな自分と向き合う時間を設けて、この40年間を整理したかったのかもしれません。

そのお陰で、これから自分がやりたいこと、やるべきことが更に明確になり、新しい一歩を踏み出す為の有意義な時間となりました。

現在は『自分の仕事(歌)と向き合う時間』を徹底的に作り、この道の一流になれる様、日々勉強や自分自身のレッスンにも励んでいます。

もちろん、これまでもプロとして仕事をさせていただいて来ましたが、音楽のみで家族を養えていないのが現状です。

また、今回の怪我以降の期間で、至らない点が多いことにもたくさん気付かされ、このままでは音楽家としての未来は無いと感じています。

それに気付くことが出来たのは、今回の怪我と支えてくれた方々のお陰です。

気付けたらそれはチャンス!

そして人生は長期戦!!

気付きの代償が足一本!は中々の犠牲でしたが(苦笑)、この状況もプラスに変えて、今後も励んで参りたいと思います!

時間は掛かるかもしれませんが着実に。

皆さんの毎日が、心豊かなものになります様に。


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