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エッチに至る100の情景_009「夫の知らない裏の顔」

 田井中 史郎は、殺し屋である。金を受け取り、人を殺す。殺人は彼の血族が戦国時代から行っている商売である。彼は今年で42歳。16で殺しの仕事を始めているが、これまで殺した正確な数は覚えていない。「指定の空間にいる人間を皆殺しにせよ」という命令を受けることもあるからだ。そう言った場合、数える暇もないし、必要性もない。極限まで磨き抜いた体術と特殊技能を駆使して、ただ殺すだけである。
 しかし史郎には別の顔がある。善き夫として、ごく平凡な家庭人としての顔だ。一般社会に溶け込むための偽装である。しかし、彼の場合はただの偽装ではなかった。彼は妻の理恵を心から愛していた。殺し屋という秘密は隠しているが、その愛は本物だ。「どこか危なっかしい気配がする」そう言われて告白され、付き合って、結婚をした。ありふれた恋愛結婚だ。
 しかし、最近の史郎には気になることがあった。妻が綺麗なのである。もとから美しい人だと思っていたけれど、数か月前から明らかに雰囲気が変わったのだ。それに夜の営みも、最近はもっぱら断られている。「悪いけど、疲れてるから。またね」素っ気ない声で。
 そういう日々を送るうちに、史郎は生まれて初めての感覚を覚えた。「もしや、理恵は浮気をしているのではないか?」そう考えるたび、襲ってくる、強烈な自己嫌悪だ。「愛するものを疑うなんて、理恵がそんなことをすると思っているのか?」彼はそう悶々としながら、偽装のために就職した会社で昼を過ごしていた。
 すると、史郎の心ここにあらずといった態度が、上司の目に珍しく映った。彼は会社では勤勉な社員で、ぼんやりと天井を眺めることなど滅多にない。史郎が何かワケあって疲れているのだろうと考えた上司は、「たまには早く帰りなさい」と命じた。
 こうして史郎が、普段より数時間は早く家に向かっていると、
 「ちゃんと来てくれたね、おばさん」
 妻の理恵が、若い男たちと一緒にいた。史郎は初めての殺人のとき以来、心臓が高鳴るのを感じた。
 「みんな待ってるからさ。早く行こうぜ」
 5人の若者と理恵が移動する。理恵は怯えているような、しかしワクワクしているような顔をしていた。史郎はその跡をつける。
 6人はタワーマンションの32階に入った。そして全員が服を脱ぎ始める。
 「おばさん、付き合いいいよね」
 「旦那さんって、そんな退屈な人なの?」
 若者たちに、理恵が言った。
 「ええ。旦那はイイ人だけど、もうそういう対象に見えなくなって。元々は、ちょっと危ない感じの人が好きなの。なんであんな普通の人を好きになったのかなぁ。自分でも不思議。とにかく退屈してたから。あなた達と出会えて良かった」
 「そりゃ嬉しい。じゃ、今日も動画を撮るよ~!」
 「はーい」
 理恵が笑って答えた。
 次の瞬間、カメラマン役の男が宙に吸い込まれていった。
 「なにっ」
 誰かが叫んだ頃、そいつは首が180度回転した状態で床に落ちてきた。
 そして、もう一人。短刀を持った史郎が、天井から降りてきた。

 田井中 理恵は震えていた。恐怖だ。しかし、それだけではない。目の前で、5人の人間が肉塊になった。あの平凡で退屈な夫が、目にも止まらぬ動きで5つの命を奪った。
 血みどろの夫が、自分へ手を延ばして言う。
 「家に帰ろう」
 今朝まで退屈に見えた夫の顔が、たまらなく官能的に見えた。血まみれの前髪から覗く眼光は、野生の肉食獣のように鋭い。真っ白な八重歯は、まるで吸血鬼の牙だ。その姿に思わず理恵は口走った。
 「あなた……その前に、ここで一発ヤらない?」
 夫が理恵を乱暴に抱き寄せる。
 理恵は、彼を好きになった理由が分かった。

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