エッチに至る100の情景_011「天気予報が大外れ」
「晴れるから歩いて帰ろうって言ってたじゃん! バカ!」
國村 加奈子は、思い切り雨に降られた。木造の屋根があるバス停に駆け込み、ハンカチで髪を拭く。酷い放課後だ。すべては幼馴染でバカの、
「ごめんて!」
そう言って坊主頭を下げる、吉高 遊里のせいだ。2人は山を越えて学校から帰る。何時間もかかるから、天候が急変することもある。
「そんなんだから彼女ができないの!」
「待て待て! モテは関係ないだろ!」
遊里はバカだ。客観的に見ても顔はいい。それなのに、まったくモテない事実が全てを示している。単純に勉強ができないし、常に判断を間違える。今日もそうだ。
「関係ある! 天気予報もマトモに読めない男はモテません!」
加奈子はスカートを雑巾のように絞る。水が滝のように流れていく。
「昨日の予報じゃ一日晴れだって言ってたの!」
「言い訳すんな! ビシッ!」
遊里の頭に、素早く手刀を叩きこむ。
「痛っ! 手が速すぎるだろ! だからモテないんだよ!」
遊里が頭をこすりながら言う。加奈子は思う。「私がモテない? 人の気も知らないで」。加奈子は、遊里が好きだ。モテないのではない。今まで何回か告白されているが、すべて断っている。彼のために。
自然しかないド田舎で、加奈子は遊里と一緒に育った。誰よりも彼のことを知っている。遊里がいない時間なんて考えられない。だからこそ、告白できない。好きだと言って、この関係が変わったら……。
ベンチに並んで座って、空を見上げる。
「まだ降るぜ、こりゃ」
「そーだね」
加奈子は辺りを見渡す。人の気配はない。こんなザァザァ降りの夕方に、近づく人なんていないだろう。
「でも、イイかも」
遊里が言った。
「はぁ? 何がよ?」
加奈子がこんな刺々しい言葉を吐けるのは遊里だけだ。
「いや、オレらってさ、昔はよく話してたけど、最近はあんま話してねーじゃん。一緒に帰る日も減ったし。ゆっくり話したいなぁって思っててさ」
「はーん。で、なんか話したいことでもあるわけ?」
「いや、まぁ……」
雨は降り続ける。通り雨ではなさそうだ。
「暗くなる前に、降られて帰る?」
加奈子が言った。すると
「オレさ、知ってたんだ」
「何を?」
「この雨、夜までやまねーよ。天気予報で見た。深夜まで降る」
「はぁ!? どういうこと? なんでそんな嘘ついたの!?」
「ごめん! オレ、どうしても……お前と2人きりで、話したいことがあって。下校中に雨になったら、ここでなれるかなって。こんなに降るのは、予想外だったけど」
遊里が、加奈子をまっすぐと見た。
「オレ、お前が好きだ」
加奈子は息を飲んだ。雨でぬれて冷たくなった体が、一気に熱くなる。かける言葉が、見つからない。2人きりになりたいなら、校舎裏でもどこでもあるだろうに。なぜ、こんな回りくどい場所と手段を……。
「ああ、そうか」
「へ?」
加奈子が遊里の頭に手刀を落とす。
「痛っ」
「あんた、バカだったんだわ」
「何だよ、それ?」
「こっちの話。で、イイよ」
「え?」
「あたしも、あんたが好きだって言っての。バカ」
加奈子が答えた途端、遊里がバス亭から雨の中へ踊り出し、「やったぁぁ!」と叫んだ。「バカ! 濡れるぞ!」と加奈子が叫ぶが、彼は雨の中で踊り続ける。
「オレは、加奈子が好きだ! 加奈子もオレが好きなんだ!」
「あんま叫ぶな! 恥ずかしい!」
加奈子も雨の中へ躍り出る。すると遊里が、彼女を思い切り抱きしめた。
「痛いって! 加減しろ! バカ!」
実際、かなり痛かった。でも笑えたし、嬉しかったし、それに――。
終
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