見出し画像

3年間引き籠もっていた兄を救ったのは『プラモ』だった話。

なんだかおもしろそうなタイトルですが、そこまではおもしろくありません。それでもお付き合いをいただけるみなさまには、読み終わったあとに『プラモ』が内包する可能性を感じていただけることでしょう。

私には3つ上の兄がおります。あんこが異常に好きな兄がおります。兄のことを思う浮かべると胃酸が逆流してくるようです。彼とは特段、仲は良くもなく悪くもなく。嫌いなわけじゃないけど積極的に連絡を取り合うことはない、という男兄弟のデフォルト設定みたいな間柄。

お互い四十をいくつか超えた今、両親の命日や法事のときに会う、くらいなもんです。ましてやコロナ禍でしたので、ほんと久しぶり3年ぶりくらいにあったわけです。親父の13回忌で。

さて、兄です。

彼は心優しい男なのですが、要領も悪く、特に人様に誇るほど秀でたところもないというスペックで生まれました。我々年代の長男は過剰な期待を掛けられ、習い事などを強烈に押し付けられる傾向がありましたが、例にもれず兄も習い事の渦に飲まれます。そろばん、英会話、習字、水泳、サッカーなどなど。兄は何一つ身につかず。いや、クロールだけはちょっと早かったかな。

祖母が教育大好きスタンスであったこともあって、プレッシャーの日々だったことは想像に難くありません。実際に『なんで出来ないの!』『もっと勉強しなきゃダメ』『そんなんじゃ立派な社会人になれないよ!』とハラスメントのフェスティバル状態。学歴社会だったこともありますが、はっきりいって長男かわいそうよ。

で、弟。私。

両親、祖母ともに反省でもしたのでしょうか。放任主義です。飽きたのかも疲れたのかもしれません。これもあるあるでしょうね。そして次男坊は目の前で『長男失敗劇』を見ておりますからね。必然的に観察眼が育ち、要領がよくなるもんです。

『ははぁん。これやると怒られるんだな』
『なるほど、こうすると大人は喜ぶんだな』
『怒られる前に自白して反省っぽい感じを出せば、相当効くんだな』
『なんで、お兄ちゃんはこれをやらないんだろう?』

……なんだこれ。シンプルに嫌なヤツ。とはいえ、この特性って多くの次男次女に当てはまる気がします。

端的に言ってしまうと、私は子供時代にまわりから評価を受けやすい多くの分野で兄より優れていたんです。学力も運動神経も。

こうなると、兄を舐める、となるケースが多くなりそうな気がしますが、我が家は違いました。私が敬意を払っていた部分を兄は持っていたんです。それもその分野においては人に誇りたくなるレベルで。いや、これは今に至っては、ですね。

それは「オタク」です。

今の時代に至っては、オタクも市民権を得ていて、なんなら何かに夢中になれるかっこよさを持っているともいえますし、実際そういう見方をする人も多いことでしょう。

ですが、時代は30年以上前。宅八郎氏がテレビでいじられ倒していたような時代です。「気持ち悪い」の代名詞的なポジションであった時代です。あの時代のオタクにはほぼ間違いなく侮蔑の意味が込められていたはずです。

そんな時代に兄はオタクを生きていたんです。

勉強が振るわない反動なのかも、部活にも打ち込めない反動なのかも。友達があまりいなかった反動かもしれません。兄はゲームやアニメに没頭していきます。

一方で、幼きころの兄というのは、弟にとって文化の窓口。幼き頃の3歳差はやはり大きい。これに漏れず私も兄がどこからか入手してくる文化に浴するわけです。

アニメージュ、コンプリートなどの雑誌定期購入や、兄弟で買い物に行くときに必ずアニメイトやプラモショップに連れていかれる、というのも悪い気はしませんでしたし、変な言い方になりますが、私にも兄の血が流れているのでしょう。むしろ好きな部類です。

世間では、オタク=キモいの文脈が流れていましたが、私は幼いながらも「あにき、自分の好きに夢中でなんかいいな」と一定の敬意を払っていました。まぁ私は陽キャ側の人間を装っていましたので、距離は取っていましたが。

さて、時は流れて、兄、高校生、私が中学生の時に、兄の部屋で、衝撃的とも、彼のその後の人生を闇に潜らせてしまうきっかけとなり、兄と私の距離が離れるきっかけともなるものを発見してしまいます。

それは夏休みのある日。親は仕事で不在、兄は珍しく外出。私は部活の休みで留守番という日。

このころの男兄弟。お互いの不在をチャンスと互いのエロ本を探り合う、これが当たり前でした。

特に、兄は当時はあまりメジャーじゃなかった、というか普通のエロ本購入より入手難易度が高いエロマンガ、エロコミックの保持者。

気分転換ってわけでもないですが、異文化交流としていいんですよ。その日も国境を越えた感覚のスリルと興奮を味わっていたところ、兄の机の上に異彩を放つ異物、そう、あの当時の私には異物としか表現できないものが座していたのです。

それは「ゲラ」です。

いわゆる漫画の原稿的なものが複数枚鎮座していたのです。美術の授業を好む兄は知っていました。漫画やアニメが好きな兄も知っていました。ですが、自ら漫画を描く兄は新顔です。

この時点で「おいおい、アニキよ。いくところまでいっちまったな……」と部屋の気温が数度下がったのですが、問題はその中身。

文字でお伝えするのはとてもむずかしいのですが、トライしてみましょう。

「胸毛が逞しいロシア人が、太ももむちむちの中国娘を天高く放り投げ、パイルドライバーをぶちかます。しかるのちに、行為に及ぶ」

今ならわかります。いわゆる「エロ同人」の世界。そう、兄は通常の漫画を自ら描くという枠には収まらず、その先(?)の領域にまで足を踏み入れていたのです。

わかりますか?  赤の他人のエロ同人ならまだしも、兄です。実兄です。あのときの感情はなんと表現すればいいのでしょうか?  怖さも恥ずかしさもありました。感覚としては、なにか兄が隠れて麻薬栽培をしているような……それを知ってしまったような……。中学生のわたしに残された選択肢は逃亡だけです。

そこから兄と私には大きな距離が出来てしまいます。兄は高校卒業後に専門学校に入学、私は大学へと人生の駒を進めます。兄はずっと実家暮らし、私は自立心が強かったというわけでもありませんでしたが、一人暮らしへの憧れを追い、大学1年生から一人での生活を始めます。

多分つづきます

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?