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五輪の疲労とは何か

ラジオでこんな質問がありました。
「よくメディアで”五輪の疲労が抜けない”というコメントを見ることがあるのですが、それって一体なんですか?数ヶ月経っても抜けない疲労というのがあるのでしょうか?」
というものです。非常に興味深いので回答してみたいと思います。

「疲労とは何か」は深淵な問いです。筋肉損傷の影響を受けるCPKなどの値を見ればある程度疲労は測定可能です。トレーニングが積み重なって極度の疲労状態に入ると数週間の間、疲労が抜けないということがあります。しかし、五輪の疲労ということを説明するにはまた別の考え方が必要です。

人間の集中には限界があります。集中には体力があると言ってもいいです。ですから一定期間高いレベルで集中し続けなければならないような状況に置かれると、人間は集中を維持することができない状態に陥ります。これが「五輪の疲労」の正体ではないかと私は考えています。一般生活は可能ですが、高い競技レベルを維持するためには集中していなければならないのでそれができなくなればパフォーマンスは低下し、怪我のリスクも高まります。

このような五輪疲れの時は「なんとなくぼーとしてしまう。身体の動きが鈍い。体が重い。やる気が出ない。人に会いたくない」などの症状がありました。それまではスポーツカーに乗っていたのに一般車に乗り換えたような感じで、アクセルを踏んでも一瞬遅れて反応するし、ハンドルを切ってもやや遅れて曲がるような感覚です。筋肉が水気の抜けたささみのような感じで、弾力がなくなったようでうまく動きません。また神経も少し錆び付いてしまった電線のようで、意思を伝えよう伝えようとしてもうまく筋肉に伝達せず100のうち60ぐらいしか届かないと感じていました。やる気も出ず、こうしたいという意欲が湧かず、これじゃいけないと思いながらいつの間にか時間が過ぎていました。

私の予測では、脳内の神経物質などを調べると鬱症状に近い状態が確認できるのではないかと考えています。動物もストレスを与え続けると、しばらくの間動きが緩慢になるということが知られています。おそらくストレスがかかる環境は生存を脅かされている状況なので、あまり動かない状態にしてエネルギーを無駄に使わず確保する戦略をとっているのではないでしょうか。
外から見ればただやる気がないように見えますが、極度の集中疲労により集中ができない状態になっているので、意志の力ではどうにもなりませんし、無理するともっと深みにはまります。

この状態からの回復は長ければ一年かかります。まず選手がやるべきことは、「この疲労は純粋な身体反応であり、自分の意志ではどうしようもないこと」を理解し元気になるまで無理をせず「ひたすら待つ」ことです。休み、待つことに罪悪感を感じるタイプの選手はこの状態で無理矢理頑張ってしまって、疲労が深刻なところまでいくことがあります。そうなるとかなりの確率で引退か、または競技から長い時間離れざるを得なくなるので危険です。

急性の疲労は自覚しやすいですが、慢性の疲労はそれに慣れてしまうので自覚しにくいという特性があります。私は五輪のあとは3ヶ月ぐらいは腑抜ける期間をあらかじめ設定していました。慢性疲労は自覚してから休むのではなく、あらかじめ休むことを計画に入れない限りはなかなか抜くことができません。

以上、五輪の疲労でした。

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