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社会のバランス(提案、実行、批判、傍観)

集団を眺めていると個々人の振る舞いは以下のようになっているのではないかという仮説を立てています。集団がうまく行くかどうかは比率の影響を大きく受けていると思っています。

①提案者(思想家、コンセプター、アーティスト)

②実行者(経営者、実務家)

③批判者(危機管理、メディア、アーティスト)

④傍観者(哲学者、など)

①はこんなことを目指そう、こんな風にしたらいいという理想を語ります。①が最も価値を出すのは問いです。これが本質的であればあるほど答えに価値が出ます。①が多い集団は夢や理想はたくさんあるけど実行されず現実にはなりません。ビートルズはイマジンを歌いましたがそれを実行するために政治に打って出たら、それは違うだろうとなったと思います。①にも二種類あり、生き方や理想の社会など語るもの(アーティスト)、現実的なソリューションを提示するもの(資本論など)の二種類あると思います。

とにかく実現しようというのが②です。誰が、いつまでに、予算は、どうやって、具体的にを気にかけます。常に限られたリソースの中で行われるので妥協の連続でもあります。②が多いとしっかり回るのですが、抜本的改革がしにくかったり、そもそも何のためにやっているかを見失いがちです。②は実現しないものには価値がないと考える点で唯物論とも思想は近いように思います。

問題点を指摘したり、疑問を呈するのが③です。ガバナンスを効かせる役割でもあります。社会で言えばメディアの役割です。この比率が下がれば権力が暴走したり、弱者が虐げられたりします。③が多くなると、問題点を粗探しするようになり当事者としてやる人が減るので、活力が失われ衰退していきます。スタートアップなどは③をいかに入れないかが重要で、一方であるサイズを超えると③の比率を高めないと問題を引き起こしがちではないかと推測しています。③は多様性が重要で、モノカルチャーの批判は似た視点しか集まらずそれはそれで危ないからです。

④は流される人です。ある意見に固執せず、大きな流れに従います。時にこの領域に世捨て人的な哲学者が誕生します。理想と実行と批判ばかりではギスギスする中で衝撃を吸収する役割を担います。主体性がないので、こだわりもやりたいこともないからです。④が多くなると文字通り当事者不在の状態になり、ただただ変化も元気もなくなります。

個別には問題がありますが、一歩引いてみるとただこの比率がおかしくなっているだけではないかと思うことがよくあります。例えばメディアは重要ですがメディア従事者が多くなりすぎると批判が多くなりすぎて①と②が割に合わないので、当事者としてやる人が減ります。権威主義国家は①と②しか興味がないので③を退けます。②だけであれば動くけれど何のためにやっているかがわからなくなります。実際には④の比率は高いので政治的には④を取り込むことを目指します。

今のところは大きな矛盾はないと思っていますが、この整理でいいのかどうかを引き続き考えていきたいと思います。

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