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【解説】 レジェンドたちの「自立と連帯」──『少女漫画家「家」の履歴書』(文春新書)巻末ミニ解説

2月18日刊『少女漫画家「家」の履歴書』(文春新書)は、週刊文春の老舗連載「新・家の履歴書」(暮らしてきた家の記憶と共に半生を伺うロングインタビュー)に掲載された記事の中から、レジェンド少女漫画家ばかり12人を集めた1冊です。取材・構成者代表として執筆した「おわりに」を、版元の了承を得て以下に掲載します。

 文学や音楽、アートの研究者は、自身が研究対象とするクリエイターの故郷やゆかりの場所、可能であれば暮らした家などを訪ねると聞きます。故郷の原風景や馴染みの街の風土的・文化的特徴を体感し、部屋の雰囲気や仕事机の窓から見える景色はどんなものであったかを知ることで、作品理解を深めるインスピレーションが得られるというのです。

 本書に収められた十二人の少女漫画家たちのインタビューは、読者に研究者の気持ちを味わわせてくれるものでしょう。これまで住んできた家の「履歴」を通して、半生とともに作品歴を語る。この取材形式だったからこそ記憶の蓋が開き、本人の言葉選びによって描写されることとなった家の思い出の数々は、各人の作風や作品と紐付いていると感じられるものだからです。

 幼少期に暮らした家の思い出は、おのずと故郷や家族の思い出と繋がっているという点も探究心をくすぐられます。また、今でこそデジタル作画によるリモートワーク環境が整いましたが、十数年前まで漫画家は、自宅や仕事場にアシスタントを招く必要がありました。それゆえに生じた独特な光景(本書に幾度か登場する言葉を使えば「合宿」)は、「漫画家の家」特有のものであると言えるでしょう。なお、家にまつわる思い出は、作品に分かりやすく反映されているとは限りません。経験を想像力によって意外なかたちに変形・拡大させるのが、漫画家という生き物だからです。

 もう一つ指摘しておきたいことは、十二人の少女漫画家たちは、最年少のいくえみ綾さんですらキャリア四十年を超えるベテランであり、魔夜峰央さんを除きみな女性であるという点です。日本初の女性プロ漫画家といえば『サザエさん』の長谷川町子(一九二〇年~九二年)ですが、女性が漫画家になるという茨の道は、一人の才能で切り開かれるものではありませんでした。本書に登場した少女漫画家たちが、自らの意志でこの道を選び、周囲の反対など様々な障害と格闘しながらも漫画を描き続けた。そして、漫画で生計を立てるばかりか、家を買う、家を建てるという成功を収めた。その結果、女性の人生にとって漫画家になるという選択肢が、後世において当たり前のものとなった。互いの面識があるなしにかかわらず、レジェンドたちによる「自立と連帯」が、少女たちが夢を見やすい状況を生んだのです。

 週刊誌に個別で掲載されていたインタビューがこうして一冊の本にまとまったことで、少女漫画家たちの「自立と連帯」が見えやすくなりました。隣り合う記事の中から共鳴や共通点を発見し、「自立と連帯」の歴史の解像度を高めていく作業は、あなたに委ねられています。

取材・構成者代表 吉田大助

※収録漫画家12名は、水野英子、青池保子、一条ゆかり、美内すずえ、庄子陽子、山岸凉子、木原敏江、有吉京子、くらもちふさこ、魔夜峰央、池野恋、いくえみ綾。

※詳しい書誌情報は出版社ホームページにて。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166613526

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