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まいにちショートショート6『クロノカッツ』

【クロノカッツ】

「クロノカッツ」は「いそいち市」発祥のスポーツで、老若男女楽しめるだけではなく、熟達した者たちの対戦は非常に白熱すると、今、静かなブームである。
その世界ランキング、と言っても競技人口からするとたかが知れているが、その1位は「いそいち市」のチームであり、その「いそいち市」で記念すべき「第1回クロノカッツワールドカップ」が今年6月に開催される予定である。
その開催に至るまでの紆余曲折について「そのドキュメンタリー映画を撮りたい」と、撮影チームが1月からチームに張り付いている。

そのチームのキャプテン・シモナガが監督のナカマチに聞く。
「あの、ちょっといいかな?」
「なんでしょうか?」
「そろそろ、あれの撮影の予定を聞かせてほしいんだけど」
「あれ、とは?」
「俺ら、ずっと溜めてんだけど」
「溜めてる?」
「あれのために」
「だから、あれ、とは?」
「濡れ場」
「は?」
「俺ら、濡れ場があるって聞いてんだけど」
「濡れ場って、あの濡れ場ですか?」
「他にどの濡れ場がある?」
「セックスですか?」
「そんな、あからさまに言うんじゃねぇ。陰茎を膣にぶち込む……」
「そっちの方がよっぽど生々しい」
「無いの?」
「あるわけないでしょ。ドキュメンタリー映画なんだから」
「話が違う。俺ら、プロデューサーから濡れ場があるって聞いて、密着撮影OKしたんだけど」
「プロデューサー、そんなこと言ったんですか?」
「今からねじ込めないかな?」
「無理でしょう」
「あ、今の『ねじ込む』は陰茎を膣にねじ込むのではなく……」
「わかってますよ。シーンを差し込めないかってことでしょ?」
「どうにかできないのかよ?」
「だいいち、どのシーンにねじ込むんですか?」
「試合の前の興奮を落ち着けるために、マネージャーにしてもらってるとか」
「そんなことしてるんですか!」
「してないよ! マネージャー60歳前だよ」
「あなた方なら、無い話ではないかと……」
「無い話だよ。だから、マネージャーを20代という設定にして、そういう女優さんを用意してくれるとか」
「ダメですよ。ドキュメンタリーですから」
「ドキュメンタリーって言っても、多少のやらせというか、フィクションというか、捏造とかはあるんでしょ?」
「他の監督はあるかもしれませんが、私はそういうのはしない主義ですから」
「じゃ、俺ら、何のためにオファーにOKしたんだか」
「クロノカッツをメジャースポーツにして、オリンピック種目にするためでしょ?」
「は? 俺ら、そんなこと、一言も言ってないけど」
「え? 私はプロデューサーに熱くそういうことを聞かされて、それで監督をOKしたんですが」
「あ、ハメられたんだ、俺らもあんたも、プロデューサーに」
「じゃ、クロノカッツをメジャースポーツにする、という夢は?」
「全然。これっぽっちも。微塵も」
「逆に、クロノカッツをメジャースポーツにする気はないんですか?」
「全然。これっぽっちも。微塵も」
「オリンピック種目にしようと思わないんですか?」
「あのさ、スポーツやってるみんながオリンピック目指してるわけないんだからね」
「え、ワールドカップを開いて、世間にアピールして、ゆくゆくはオリンピック種目にするんじゃ……」
「あんた、ワールドカップとオリンピックとじゃ、ワールドカップを下に見てる人種だね」
「別にそんなつもりは」
「俺もそうだよ。オリンピックが上だ」
「あ、そうですか」
「ワールドカップを開くのは、単に観光客を呼びたいから。地場産品のアピールのためであって、クロノカッツを大きくしたい、という野望はそんなにないな」
「クロノカッツをメジャーにして、モテたいとか思わないんですか?」
「『モテたい』とか、急に俗なこと言い出したな」
「別にそんなつもりは」
「俺もそうだよ。モテたい」
「あ、そうですか」
「でも、クロノカッツじゃモテねぇよ。第一、モテるやつが濡れ場を欲するか?」
「確かに」
「『確かに』って、今、俺の顔見て言っただろ?」
「別にそんなつもりは」
「俺はモテる。グラウンドゴルフ場に顔出せば、ばあさんたちから煎餅とか貰えるからな」
「あ、そうですか」
「とにかく、濡れ場がないと、これ以上映画を撮らせるつもりはないな。帰ってくれ」
「そんな」

その夜、ナカマチ監督は東京のプロデューサーに電話した。
「……ということなんですよ」
「あ、そう。大変だったね」
「なんてこと言ってくれるんですか」
「いいじゃない。クロノカッツはこれからブレイクするスポーツだから。先物買いだよ」
「ドキュメンタリーに濡れ場って、どうすればいいんですか。彼らは濡れ場がないと、この先、密着撮影はさせない、と言ってますよ」
「いいじゃない。濡れ場作れば」
「この映画に濡れ場は必要ないんですよ」
「とりあえず撮ってさ、『必要ないから編集でカットしました』って言えばいいじゃん。女優はこっちで手配するから」
「そんな、彼らを騙すんですか?」
「じゃ、撮影した映像、全部使うの? いいところだけをチョイスするんでしょ? 『濡れ場撮ったけど、使いませんでした』は別に、騙すことにはならないと思うけど」
「ですが……」
「君もドキュメンタリーで一旗あげたいんでしょ? クロノカッツはかっこうの材料だと思うよ。これ逃したら、しばらくいい材料はないと思うんだけどな」
「ぐぬぬ……」
「僕も君の才能を高く買っている。こういったことでせっかくのチャンスを不意にしないでほしい」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
電話を切った後もナカマチ監督、じっと虚空を睨みつけたまま。
その間に空が白んでいく……

翌日の朝、ナカマチ監督はシモナガキャプテンに「濡れ場は撮らない」旨をはっきり伝えた。
そして、映画を通してここ「いそいち市」のよさ、クロノカッツによって「地元を盛り上げたい」という熱意を伝えたい、ということも。
濡れ場が好きなシモナガキャプテンだったが、それよりもやはり地元の活性化の方が大事。
濡れ場は諦めて、真摯にドキュメンタリー撮影に応じてくれることを約束してくれた。
事態はいい方に向かっているように見えたが……
その日の午後、「いそいち市」にはもう一つの撮影班が到着した。
もちろん、ナカマチ監督には何も知らされていなかったことだ。
「撮影班ごと替えろと、プロデューサーからのお達しですか?」
ナカマチ監督は到着した撮影班に聞いた。
「まさか。これはナカマチ監督に密着する撮影班ですよ」
「私に?」
「ナカマチ監督はこれから日本を代表するドキュメンタリー監督になるから、その仕事ぶりの一部始終を撮っておけ、とプロデューサーから」
「ドキュメンタリー撮影に、さらにメイキング撮影って、申し訳ないけど邪魔でしかないよ」
「すみません、プロデューサーの命令には僕らも逆らえなくて……」
「密着してもいいけど、ひとつだけ条件がある」
「何ですか?」
「私の濡れ場を撮ってほしい」

【糸冬】

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